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方向音痴

うみねこSS集『sola』より『方向音痴』です。

うみねこZIP配布終了しました。DLありがとうございました☆










 BGM.アゴアニキP初音ミクオリジナル曲『方向音痴』

 

/1999


 紗代は伽藍としたホームで佇んでいた。
 分厚いコートを羽織り首もとには紺色のマフラーを巻いていた。
 両手にはぁと息をかけて、体温を暖めていた。
 彼女はかつて六軒島、右代宮家に仕えていた福音家のメイド。
 そして、右代宮譲治と結婚を交わしていた。
 しかし昭和58年10月4,5日の親族会議で譲治は言った。
 生き残る条件として右代宮家全員を殺すことを。
 そして、文字通り右代宮譲治は右代宮家の全員を殺してしまった。
 それは金蔵に仕えていた彼女でさえ理解できなかった。
 しかしそれを第三者が立件する証拠はなく法的には右代宮譲治のことを裁けなかった。
 そのあやふやな経緯が仇となり報道機関が右代宮譲治を叩く一因になっていた。
 だがそれだけ右代宮譲治は彼女のことを愛していた証だった。
 紗代もその愛に応えたいと思った。
 しかし。
 譲治は一人苦悩していた。
 家族全員を殺したことを。
 その代償に愛を選んでしまったことを。
 でも紗代の前にそんな弱音は見せなかった。
 紗代もそれを知りながら、あえて譲治に深く追求しないことにした。
 でも譲治は常に夢にうなされる。
 家族全員を殺した瞬間を何度も繰り返す夢。
 紗代はそんな譲治を見るのが嫌だった。
 だから、必至に譲治に右代宮家を忘れさせるよう勤めた。
 しかしその努力は暴力という形によって返されてきた。
 紗代の顔や身体には痛み付けられた痣が所々に目立ってきた。
 それでも紗代は譲治のことを愛していた。
 愛を誓い合っていたから。
 譲治はそれが原因か不明だがプレッシャーに耐えきれず新興宗教に入った。
 紗代はそんな譲治を救おうとあれこれしたがその返事として暴力が帰ってきた。
 もっとも譲治は新興宗教に救われることなく、結果余計疑心暗鬼になってしまった。
 どうしようもできない現実に紗代は泣いていた。
 一人、泣いていた。
 譲治のあの選択肢は、果たして正しかったのだろうかと。
 譲治には金蔵ほどの覚悟が足りなかったのではないかと。
 なら、どうして一時の感情に選択肢を任せたのだろう。
 そんなあれこれが紗代の脳裏をかすめる。
 しかし、紗代は譲治のことを信じた。
 永遠の愛がないとしても、家族全員を殺した代償としても、生き続けなきゃいけないと。
 それが唯一六軒島で生き残った二人の選択。

 1998年10月。
 右代宮譲治は病室で口にチューブを付けていた。
 譲治は自暴を重ねた結果、危篤状態に陥っていた。
 彼の傍らには紗代、そして右代宮縁寿の姿があった。
 譲治が新興宗教で自己嫌悪に陥り、紗代は絶望の淵に立たされた時、二人は聖ルチーア学園でニンゲン扱いせずにただのボロ雑巾同然となった右代宮縁寿のことを人付けから聞き出し、強引に退学、養子にした。
 もっとも縁寿も初めのうちには二人に嫌悪感をむき出しにして事実紗代は包丁で刺されたことがたびたびあった。
 縁寿の兄、右代宮戦人を譲治が殺したことを根に持っていた。
 だが紗代は縁寿のことを信じた。
 譲治と同じように。
 だからこそ、時間はかかったが譲治と紗代の隣に縁寿の姿があった。
『あはは……僕もこれでおわりか』
 譲治は自嘲しながら、呟いた。
『あなた、それ以上は』
『いいんだ。僕は長くないから……紗代、ゴメンよ。僕は金蔵叔父様にはなれなかった。僕は、所詮僕だった。紗代のことも幸せに』
 刹那、紗代は間を割った。
『…………私は、幸せでした。あなたと一緒にいた時間、どれも愛おしいものでしたから』
 紗代は笑みを含めながら答える。
 譲治は縁寿の方に顔を向けた。
『縁寿ちゃん……キミにも苦しい思いをしてすまないと思っている。全部僕の責任だ』
『……そうやって自己嫌悪を死ぬまで言っているんですね。ある意味自己弁護みたいに聞こえるんですけど?』
『……まったくだ』
 縁寿の問いに譲治は同意した。
 紗代の言動が気になり縁寿の顔を見たが、彼女の目頭は熱くなっていた。
 それと見て小代は少し安堵した。
『………………………ゴメン、もうお終いみたいだ。紗代……いや、紗音。君は僕と一緒にいて幸せだったかい?』
 紗代は久しぶりに紗音と呼ばれて嬉しくなって、少し間を置いてから答えた。
『何を今更』
『君に対していろいろと酷いこともしたのに、それでも?』
『ええ。それでも』
『……………そっか。僕も、幸せだった…………よ…………他のみんなには悪いけど、こんな幸せな死に方をして申し訳ないけど……』
『…………あなたは、譲治様ぐらいは幸せに死んでください。それが生き残った私達の責任ですから。嘉音くんだって、戦人様だって、朱志香様、真里亞様や絵羽叔母様、秀吉叔父様だって……そう思っています』
 戦人の名前がでて、縁寿はぴくんと動揺した。
『…………そうだ、そうだよ! 譲治、あなたぐらいは幸せにさっさと死になさいよ! この世に魔法なんてないっ! 戦人お兄ちゃんも生き返ってこない! その全ての責任があなたに全部あるんだから! だから、幸せに死んでよ! ……でないと、私許さないから! 地獄なんかに堕ちたら絶対に許さないんだから! 天国でないと許さないんだからっ! ……絶対に、絶対に許さないんだからっ!!』
 縁寿は泣きながら叫んでいた。
 ずっと叫んでいた。
 それを見て、譲治はすっと目を細めた後、静かに息を引き取った。
 紗代はしばらく涙を流さず、譲治と二人きりなった瞬間になってやっと瞳から涙を流したのだった。

 1999年。
 それから紗代は右代宮家当主の権利を全て縁寿に譲渡した。
 もっともこれは譲治が生きているうちから決めていたことなので紗代は今更とやかく言うことはしなかった。
 そして紗代はホームで佇んでいた。
 その隣には同じく臙脂のダッフルコートを着込んだ右代宮縁寿がいた。
「ねぇ、縁寿。どうして私についてきたの?」
「別に。ただ須磨寺家の追っ手を追い払うのが面倒なだけですので」
「ふふ。本当は天草さんと一緒にいたいんじゃないの?」
「ご冗談を。天草と私は何もありません」
 縁寿はそう冷たくあしらったが紗代は笑みを浮かべていた。
 譲治の死後財産権の問題で須磨寺家が縁寿の養子に名乗り出た。
 そのことに嫌がった縁寿は紗代の元に来た。
 もちろん須磨寺家の人間が縁寿を探して追い続けている。
 そこで紗代は譲治の父である秀吉の旧知、小此木鉄郎の紹介により縁寿の旧知の仲である天草十三が二人のボディガードをすることにした。
「でも、縁寿も不憫よね。右代宮当主になった途端追っ手に追いかけられて」
「誰のせいですか、誰の? まぁ紗代さんに一緒にいて悪い気はしませんので」
「うふ。嬉しいことを言っちゃって」
「…………で、どこか行く当てあるんですか?」
 縁寿は訊いてきた。
「………………さあ。でも私達はここから前を進めなきゃいけないの」
「前?」
「そう、前」
 縁寿の問いに小代は笑顔で応えた。
 それからしばらくしてホームのアナウンスの後、電車は到着した。
「いきましょうか、縁寿」
「……はい」
 小代は縁寿の前に手をかざし、縁寿は笑みを浮かべながらその差し伸ばした手を握り、電車に乗った。
 そうして電車はゆっくりと出発する。
 その時空から雪が降ってきた。
 電車の中で小代はそれを眺めながら譲治のことを想っていた。

 ……あなた、私はこれからも生きます。
 みんなの分まで、この娘と一緒に。

 紗代は縁寿の顔を見た。
 縁寿は怪訝に思ったが紗代が笑みを浮かべると「な、なによ!」と良いながら戸惑いながらも笑みを返す。
 そうして二人を乗せた電車は走り出す。
 ゆっくりと、前だけを進む。
 どこまでも。
 その時紗代の耳には六軒島の時に幾度となく聞いた懐かしいうみねこの鳴き声が聞こえた。
 だが紗代は目を閉じてそれを胸の奥にしまった。
 そして紗代は縁寿に聞こえないようにそっと呟いた。
 これからを思い、ふと呟いた。
「さようなら、紗音」
 雪は静かにしんしんと舞っていた。

                                           end

2009/03/29 17:05 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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