私はお姫様に憧れていた。
ほら少女漫画とかアニメであるじゃない? 王子様を待ち焦がれるお姫様。うん、それ私好きなんだ。なんか夢があるじゃない? 四面楚歌のお姫様が王子様に助けて添い遂げるってお話。改竄されたシンデレラって素敵だと思うんだ。そりゃグリム童話とかのシンデレラって残酷で、まあ私の風情だとこっちを選択するんだろうけど、私はそんな残酷なお話嫌い。
だって読んでいて痛々しいんだもん。
だから改竄されたシンデレラは素敵。
夢があるから。
現実離れしているから。
だから私は現実の恋というのに興ざめしていた。ううん、誰かのことを好きになるなんてありえないって思っていたから。
なのに。
王子様は身近にいた。
私が慕う相手、前原圭一君。
彼のことが好き。
気がつくと胸の奥からこう好きって感情がむき出しになっていた。
今まで気づかなかった感情。
だけど彼は。
ゆっくりと瞼を開けた。
天井を見詰めると電気が消え闇に染まっていた。
私はゆっくりと身体を起こして、外と部屋の中を遮っている障子を空けた。
空を仰ぐと三日月が掛かっており心地よい風が吹いた。
春一番だろうか。生暖かい感触。
今年の雛見沢、もとい××県鹿骨市地域は暖かく雪が降るほうが珍しかった。
例年ほど雪が少ないためか婆っちゃとかは何かの前触れじゃないのかと怪訝していたが、そんなの杞憂だと私は思う。
それにその怪訝は終わったと思う。
そう、全て終わったんだ。
終わったんだ。
私は髪を手で触るとさらっと手に絡めることなく通過した。
いつもの、少なくとも数ヶ月前の私なら手が髪に絡まり、毎日髪の手入れが大変だった。
その点が軽減されたのはショートカットゆえの利点だと私は思う。
だけど、もうあの時の私には戻れない。
そりゃ髪は伸びるものだから後数年伸ばし続ければ元の髪型に戻るだろう。
でもその時にはもう今の私ではない。
同じ髪型をしても、それは違う私。
今ではない私。
そう思うと目頭が急に熱くなった。
馬鹿、何泣いているの私。こんな顔じゃ笑われるよ。
圭ちゃんに、笑われるよ。
ほら、ちゃんと前を見ようよ、私。
誇ってもいいんだよ。
凄いじゃん、立派じゃん私って。
だって圭ちゃんに告白したんだよ。まあ結果があれだったけど、でも言い切った。思いの丈を伝えた。
そして彼は丁寧に、誠意を持って答えてくれた。
これでいいでしょ。
これでいい。
……これでいい。
これでいい、なんて、ないよ。
だって辛いんだもん。あははは。辛いよ、圭ちゃん。
私ってこんなに打たれ脆かったんだ。これじゃあ部長なんて言ってられないよ。
それに私は園崎家次期党首なんだから。
元々住む世界が違うんだから。
だから、こうなること判っていたんだよ。
だから、これ以上傷つかないように逃避しよう?
…………巫山戯ないでよ。
弱音はもう沢山。
それじゃあ圭ちゃんに失礼じゃない。
あれだけ私のために声を荒げて答えた圭ちゃんに失礼だよ。
……うん、判っている。
私の考えているのはただの現実逃避だって。
現に私は圭ちゃんに振られたのに変わりないのに。
駄目だよ私。
これから前を見なきゃ。
レナや圭ちゃん、沙都子に梨花ちゃん、それに…………凪原恵美ちゃん。
いつの間にか私は大粒の涙を滴っていた。あはは、全くこんな場面誰にも見せられないなあ。
でも、いいよね。
誰にも見ていないところだったら泣いても、いいよね。
だって私は頑張った。
自分でそう思うくらい、頑張った。
そう思うと涙が溢れて止まらなかった。
そう、これは失恋なんだ。
だから今だけは弱音を吐いても…………いいよね。
そうして私、園崎魅音は年甲斐もなく嗚咽を漏らしながら涙を流した。
静寂と思われた外は季節外れのひぐらしの鳴き声が私の鼓膜に響いていた。
そして恋心、圭ちゃんは笑っていた。
そして気づく、圭ちゃんこそ私の王子様だったことを。
ううん、違う。
圭ちゃんは王子様なの、今でも。
ただ私が彼のお姫様でなかっただけのこと。
そう思うと、また涙が溢れてきた。
一体いつになったら涙が止むんだろうと同時に、もうしばらくはこのままでいたいと思った。
ひぐらしのなく頃に Re:酒嗜み編スピンオフ 『コンプレックス・イマージュ』
◆
時を遡ろう。
どこまで遡ればいいのか判らないけど……うん。彼女、凪原恵美ちゃんが転校したところからにしたいと思う。
ちなみにそれまでの私達の圭ちゃんやレナ、沙都子、梨花ちゃん、羽入、詩音の関係は凄い最高だった。これまでにない団結力なり絆があったと思う。それが如実に表れたのは6月の綿流しの数日前に抗戦した『山狗』や鷹野さんとの邂逅なのではないだろうか。
鷹野さんは明らかに梨花ちゃんを殺したがっていた。なぜ彼女が殺意を抱いたのかは最後まで判らなかったけどそれでも人殺しなんて、外道のすることだと私は思う。
あの山狗のリーダー格の人小比木さんはそこら辺を重々辨えていたんじゃないのかなと思う。だから私みたいな小娘相手に一対一で対決したのだ。
あの戦いはみんな立派だった。何より鷹野さんが放った銃弾が羽入ちゃんに直撃する刹那、梨花ちゃんが身を挺して躱すことができたのだ。かなりの近距離で彼女が外したとも取れるけどどうだったのだろうか。
ま、今となってはよく判らないし、判りたくないけどね。
だって、もう誰かが死ぬなんて嫌だもん。
みんなで仲良く暮らしたいだけなの。
だからそれ以降の私達は最高の関係だった。
夏休みはとっても楽しかった。色々ありすぎて逆に思い出すのも一苦労なくらい最高の夏だった。
秋になると前々から部活に参加することを自粛し、受験勉強に専念すると公言したのでそれを実行することにした。実はかなり後ろ髪が引かれていた。だって勉強なんてつまらないんだもん。確かに何かを極めるために勉学は大事だと思うけど教科書と向き合っても、そこから人生が見えるわけでもない。
道具にしか私には見えなかった。しかもゲームのようにみんなで喜怒哀楽も切磋琢磨する道具ではない。無機質な方式の道具。
もっともこれは私としての意見なので鵜呑みにしないでほしいけど、少なくともそう思っていた。
だけど捨てる神あれば拾う神あり。
なんと圭ちゃんが私の家庭教師として名乗りを上げた。圭ちゃん曰くお前を見ていると心配だからとか仲間だからとか茶化しように言っていた。本当に嬉しかった。だって大好きな圭ちゃんが私のために家庭教師だなんてとっても嬉しいんだもん。
これ以上ない幸せ。
ある日婆ちゃこと園崎お魎が突然ロックフェスみたいなものをしようと提案してきた。草案は公由のおじいちゃんであり、その切っ掛けになったのは従姉妹の娘さんの公由夏美ちゃんって娘の一言だったという。そんな小娘の戯言でここまで大事に発展するなんて思っても見なかったけどまあ世の中どうなるか判らないからね。
ちなみに夏美ちゃんとはオヤロックフェスというお祭りであったけど、天然がかなり入った可愛い娘だった。それにしても彼女と付き添いできた同級生の佐伯千紗登ちゃんと牧村珠子ちゃんの掛け合いが壮絶だった。なんたって突っ込みの珠子ちゃんがコーンの先で頭を直撃させたんだから。しかもなぜか私まで喰らったし。
なによ〜彼女『空気よんでない!』とか言いながら突っ込んで、そんなのないよ〜。
まあお祭り自体は概ね成功。私も久しぶりにみんなと馬鹿出来たしね。これで気持ちよくまた明日から楽しい日常に戻れる。
そう思っていた。
なのに、圭ちゃんは突然、慟哭した。
一人の少女に。
私は詳しいことは知らないけど圭ちゃんが都会にいた頃、モデルガンで子供を狙う連続通り魔事件を起こしたことがあったという。そして圭ちゃんの慟哭を淡泊な瞳で見下していた少女、凪原恵美ちゃんは右目を失明した。
そればかりでなく彼女は翌日雛見沢分校に転校してきたのだった。
彼女の満面の笑みが私達の心を翳らせていた。
圭ちゃんに至っては顔を直視することが出来なかった。
なんで、と素直に思った。
だって圭ちゃんは罪を償ったんだよ。キチンと罪を認めたんだよ。
なのに、どうして彼女は許さないの?
私は、いや、レナも沙都子もそう感じたのだろう。数日後私達はそのことを彼女に問いつめた。そんな中梨花ちゃんと羽入はどこか乗り気じゃなかった。なによ、圭ちゃんという仲間がピンチの時に。
ともかく私達は追求した。
追求すれば何か答えが、解決の糸口が見つかるんじゃないのかと思って。
だけど。
彼女は……哄笑してきた。
そして、言った。
『皆様、前原圭一のためとさっき仰いましたよね。可哀想だから、迷惑だから、楽しく部活をしたいから、そして仲間の敵となる行為ですか。みんながいれば何が何でも大丈夫とでも言うのですか。敵が一人でも貴女達は全体で攻撃する、ということですか。なんて禍々しい。いえ、莫迦らしいの間違いですね。みんながいれば問題は解決、相談すれば大丈夫。それこそが嘘臭いというのに』
これ以上ない罵声だった。
レナが激昂して手を挙げた。でもそれも無理はないと思う。レナの一番触れられたくない部分まで触れて、挙げ句の果てに彼女は私達を、全否定したのだ。
彼女の意志は固く誰も何も言えなかった。
梨花ちゃんだけは彼女のことを構っていたけど、私達はそこまでする余裕がなかった。
みんな、言いようのない喪失感に浸っていたのだから。
私は圭ちゃんを見た。
圭ちゃんは虚ろな表情をしていた。
それから圭ちゃんが私達を避けるようになるのにさほど時間は掛からなかった。
理由は簡単。梨花ちゃんの周りに恵美ちゃんがべったりくっついていたのだから。
もっとも梨花ちゃんが彼女に構っていると言った方が適切かもしれないけど。
どうして。
どうしてこう楽しくないのだろう。
判る。
全部、彼女が悪いんだ。
凪原恵美が全部悪いんだ。
そう思うと憤慨してしまう。
だから私は彼女と二人きりで話し合いをしようと思った。
放課後、二人きりで会話が出来る雛見沢停留所で。
◇
彼女は素直についてきた。人気のない停留所は密会には最適の場所だった。
木造作りで壁にはダム抗争の名残であるビラが縦横無尽にへばり付いている。ここは時が止まっている感じがした。
昭和53年のままだった。
「それで、園崎先輩、私に用ってなんですか?」
恵美ちゃんはあっけらかんと訊いてきた。彼女は整った顔をしていて時折愛嬌さが垣間見られた。これで天真爛漫な性格なら学校のアイドルとしてもおかしくないと思う。
でもそれは彼女の失明した右目と冷たい左目の双眸がなければの話。
それゆえ奇形だと思う。
「単刀直入に言うよ。恵美ちゃん、これで満足?」
「満足、とは?」
「だから圭ちゃんを散々苛めて楽しいのって訊いているの! お陰で圭ちゃんが部活に顔を出さなくなった。ううん、私達の関係でさえも滅茶苦茶になってしまったじゃない! それまで最高だった! 貴女が来るまで最高だったのに!」
「…………話が見えませんね、先輩。要するにあれですか。私が前原圭一を許せ、ということですか」
「判っているじゃない。それでいいのよ」
恵美ちゃんはふうんと矯めて、
「お断りです」
呟いた。
「ど、どうしてよ! 貴女の復讐はもう達成されたでしょ! もうそれで……」
「言っておきますけど私、前原圭一の復讐とか関係ないんです。いうなればこれは私の固定概念の問題ですね。彼は私を蹂躙した。私の人生を蹂躙した。だから私はこうなった。わかりますか? 許すとか許さないとか関係ないんですよ、先輩。譲れないもの、と言えばわかりやすいですかね。ま、貴女みたいな幸せな人間には理解しがたいと思いますが」
「どうしてっ!? おじさんのどこが幸せっていうのよ!」
「どこって決まっているじゃないですか」恵美ちゃんは嘲笑した。「他人のために心配して、他人に恋をして、他人のことを仲間という脆弱な言葉を信頼しきって、そして他人と一緒に学校生活を何も考えずに謳歌するところですよ。腫れた惚れたなんてその典型的な例ですね。前原圭一の事を募らせている園崎魅音先輩」
「うっさいなぁ! お前うるさいんだよっ!! どうしてっ! どうしてそんな態度取るのよ! 貴女のせいで全部滅茶苦茶! 貴女のせいで! 貴女のせいで最高が最低にランクダウンよ!」
「…………それって私のせいですか」
呪詛の籠もった目で恵美ちゃんを睨むと彼女は逡巡しながらゆっくりと口を開いた。
「最高って何が最高なのか教えてくれませんか」
「えっと、それは圭ちゃんやレナや沙都子、梨花ちゃん、羽入が元気で毎日楽しい」
「くだらないですね」彼女はそう遮った。「貴女の言う最高ってつくづく低レベルです。だからくだらない女なんですよ。みんながいて、そして毎日を謳歌するだけを望む世界だなんて反吐がでます。しかも目の前の問題を避けてそれで最高だなんて逃避もいいところですよ」
「ちょっと! なによその言い草はっ!!!」
刹那恵美ちゃんの襟を掴んで顔を近づかせた。これ以上ない悪意のある表情で私は彼女のことを睨んだ。
だが彼女はそれでも眉一つ微動だに動かさなかった。
それが逆に怖かった。
脅しているはずなのに脅されいる。
「…………どうしたんですか? 殴らないんですか? 竜宮礼奈先輩みたいに私を殴らないんですか? ふうん。それが園崎家次期頭首の器だとは甚だ小さいですね。ああ、だからいつまでたっても前原圭一に告白を」
そこで私は恵美ちゃんの声を遮った。
正確には彼女の喉元に首を絡ませた。
突然のことにうっと声を上げたが、直ぐに淡泊な瞳で私の顔を凝視した。
自分自身でも突然取った行動に内心吃驚していたけど、でも、止まらなかった。
だけど彼女は。
恵美ちゃんは抵抗する仕草を一切してこなかった。
無防備。
殺そうと思えば、いつだって殺せた。
なのに、彼女の左目は喜怒哀楽の感情のない、言いようのない顔をしていた。
怖かった。
何を考えているのか判らないくらい無垢な瞳。
悪寒が背筋を通った。それに耐えきれず私は直ぐに恵美ちゃんの首から手を離した。
恵美ちゃんはごほごほとしばらく噎せながらも直ぐに立ち上がりへたり込んだ私を見下していた。
それは鷹野さんとも小比木さんとも大石さんとも、そして詩音ともどの人物よりも冷淡で、無欲で、虚無の瞳をしていた。
「……………ほら。小娘一人殺すことが出来ない。ううん、そうやって貴女は怠惰を浸っていたのよ。しかも抜け出す意志もないとは本当に嘆かわしいです」
「……うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
「今度は嗚咽ですか。前原圭一が見たら惚れてしまいそうですね。馬鹿同士お似合いです」
途端私は恵美ちゃんの頬を叩いた。
ぱちんと乾いた音が停留所内に鳴り響いていた。
赤く腫れた恵美ちゃんの頬。
だけど彼女の瞳は更に深く、澱んだ。
「ふうん。まあ力はある方ですね」
「どうして貴女はそんな平然でいられるのよ! なんで私に殺されそうなっても、手を挙げても感情を変えないのよ。そんなの」
「気味悪い、ですか? ハッキリ言っておきますけど感情のまま盲動するのはその人に生きる意志、いえ人としての意志があるから成り立つわけで、私や梨花先輩のような輩は生の感情を表面上突出する行為は皆無なのです。それと世の中感情だけでは成り立ちません」
「なに知った口聞いているのよ! 貴女、子供じゃない!」
「その子供の戯言にムキになって羞恥を晒す方がもっと子供だと私は思いますが?」
淡泊に彼女は反論した。
どうして生きているのだろう、と真剣に思った。
どうして恵美ちゃんは雛見沢にいるの。
どうして私達の前に現れたの。
どうして。
判っている。
彼女の言っていることは全部正論なんだ。去年の沙都子の問題でさえ私はみんなに罵詈雑言されながらも無力だと実感していた。詩音に限っては沙都子に暴力を働かせていた。感情の赴くままに。
でも恵美ちゃんは違う。
彼女は圭ちゃんのことを能動的な復讐をしていない。極めて大人な冷静さを兼ね揃えていた。
だから沙都子はともかくレナでさえ、負けたのだ。
「…………教えてよ。恵美ちゃん。私達、何がいけないの。何が駄目なの。教えてよ」
「何ってつくづく面白い人ですね、園崎先輩は」そうして溜息を吐いた。「そんなの私だって知りませんよ。私は園崎魅音ではないのですから。そんなこと、自分で気づくしかないんですよ」
「そんなこと」
「いい大人が半べそですか? 貴女を見ていて飽きないことは認めましょう。でも当事者としては関わり合いたくありませんね」
そうして恵美ちゃんは背を向けた。
私はえっと凝視すると彼女は振り向いた。
「私帰ります。どうせもう用もないんでしょ? それと貴女が私のことを殺そうとしたことは黙っておきます。ですが次に私のことを苛めたりする行動を取るのならばこのことを知恵教諭等に報告しますのであしからず。現状維持って言葉がこの場合一番似合いますね」
そう言いながら彼女は満面の笑みを浮かべた。
屈託のない笑み。
でも可愛らしさというよりもアニュイな感じがピッタリだった。
ともかく恵美ちゃんは停留所から立ち去った。
残された私は一人呆然としていた。
もう何もかもが真っ白だった。
それから私は恵美ちゃんに構うことを辞めた。
だって彼女に構ったって溝は埋まることがないのだから。
でも梨花ちゃんが彼女の傍にいつことが多くなっていた。
梨花ちゃんと一緒にいるときは恵美ちゃんも年相応の笑みを浮かべていた。
私と梨花ちゃんじゃなにが違うのだろう。
恵美ちゃんは言った。
幸せな私には理解しがたいと。
私、幸せなのだろうか。
確かに梨花ちゃんや沙都子、レナの境遇に比べれば私や圭ちゃんは幸せに区分するだろう。
でも、それが当たり前じゃないの?
現に恵美ちゃんだって両親がいるんだし。
だけどもし私が失明したと仮定して彼女みたいな立ち振る舞いが出来るのだろうか。
…………できないよ。私、恵美ちゃんや詩音みたいに強くないもん。
だって好きな男の子の前でさえ告白できず、おじさんと言って自分の本音を誤魔化しているんだから。
冬休みになると圭ちゃんは本格的に家に籠もるようになった。
私やレナは何度も彼の家に通い、外に出ようと、一緒に部活しようと持ちかけたが首を縦に振らなかった。
どうして、どうしてなの。
理解できないよ。どうして私達まで避けるのよ、圭ちゃん。
怒りと同時に寂しさを覚えた。
なんでこうなっちゃたんだろう。
だからクリスマスや大晦日みんなで遊ぶことはなかった。
恵美ちゃんがいつも梨花ちゃんと一緒にいて、楽しめるはずがなかった。なんでも冬休み前に恵美ちゃんが梨花ちゃんに勝負を持ちかけて、負けた方が相手の傍につくという罰ゲームで、恵美ちゃんは見事に負けた。いや、この場合負けるように仕組んだと言ったほうがいいのかもしれない。
私達は彼女に極力構わないようにした。
だって恵美ちゃんのことが怖かったのだから。
梨花ちゃんは凄いと素直に思った。どうして彼女とちゃんと会話が出来るのか不思議でならなかった。
梨花ちゃんと言えば正月の三が日古手神社に参拝しにくる巫女の役を見事にボイコットしていた。無償で稼ぎのない労働よりもきちんと金が出るサービス業の方がいいと言って、『エンジェルモート』のバイトをしていたのだ。私もバイトしている身だからとやかくは言えないけどなんで詩音黙っていたのよ!
なんでも女の契りを交わした仲なのでノーコントと言っていたけど、なんなのよその女の契りって。凄い気になるんだけど。
詩音はその日入江診療所に行っていた。何でも悟史が生きていて、尚かつ今まで植物状態から目覚めたという。
その一報を聞いたとき私は心の底から喜んだ。レナや羽入も凄く嬉しかった。
でも沙都子は一度はにーにーと抱擁しながらも直ぐに離れたという。
そして梨花ちゃんのバイト先に行って連れ戻した翌日、彼女は平然と巫女姿を来て仕事をしていた。
これにはみんながどうしてと怪訝に思っていた。沙都子曰く『いつまでもにーにーに甘えられるだけでは能がないのですわ』と言っていた。
そんなことないと思う。
だってやっと兄である悟史と出会ったのにどうしてそういう態度を取るのだろう。
もっとも沙都子は祖父で今まで災いの種である北条鉄平との仲も良好だという。
なんでそこまで沙都子は大人になれるのか私には理解出来なかった。
「園崎さ〜ん」
その時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。見ると中年の太鼓腹をしていた男性がにかっと笑みを浮かべていた。名前は大石蔵人。興宮署の刑事で先の『オヤシロ様の祟り』を園崎家の犯行と睨んでいた、嫌なやつである。
もっともそれも先の鷹野さんとの件では後方支援に徹してくれた。以来私や圭ちゃんは彼に対しての警戒心みたいなものはなくなった。麻雀を一緒にやる機会があるけどどこからそんなイカサマを習得したのか非常に気になる。でも梨花ちゃんを助けにきた赤坂っていう刑事にはてんてこ舞いだという。
う〜ん。上には上がいるって感じだね。
「大石さん。どうしたんですか? もしかして警備か何かですか」
「んっふっふっふ。まあそんなところですね」
「? 歯切れのない返事ですね。どうしたんですか?」
「いえね、実は北条沙都子さんなんですけど、彼女、兄の悟史が目覚めたと警察に直接連絡してきたんですよ」
…………どうしてそんなことを警察に直接連絡したのだろう。
「あの、悟史が目覚めたって、どうして」
「それがですね。『にーにーは人を殺めてしまいました。でも病み上がりで状況が把握できないので時間をください』という内容だったんですよ」
四年目の綿流しの晩に北条家の叔母が殺された事件が起こり、その数日後犯人は見つかったが私達は悟史が犯人だろうと黙認していた。誰にも言うことはなかったし、これは私達の秘密だと思っていた。
なのに、沙都子はそれを警察に言ったのだった。
「いや〜北条さんが四年目の祟りの犯人だとは私も睨んでいたんですがね魅音さんのふりをした詩音さんが急に『自分は詩音です』って告白したもんだから以来北条さんの疑いの是非について有耶無耶になってしまったんですよね。でもこれはどんな心境の変化なのでしょう。園崎さん、何か心当たりありませんか?」
「………………」
「園崎さん?」
大石さんは怪訝しながら訊いてきたが私はしばし呆然となっていた。
どうして沙都子はここまで、自分を戒めるの。
どうして自らの手で幸せを手放すの。
「すいません。突然のことに吃驚していて」
「そうですか、まあ無理はないでしょう。では北条さんにあったら伝えて下さい。了解しましたとね」
「え? 大石さん、失礼ですが悟史を直ぐに捕まえないんですか? だって犯人」
「もしそうだとしても犯人が彼だと証明する証拠がありません。それに一度解決した事件をまた再開するとなるとこっちも準備に追われまして、出来ればこちらの準備が整うまで待って欲しいというのが内情です」
「じゃあ悟史のことを黙認する、と」
「んっふっふっふっふ。それは持ちつ持たれつという言葉に従いましょう。沙都子さんだって急に悟史さんを連行されちゃあ構いませんでしょうしね。それにしても彼女、逞しいですねえ」
「…………そうでしょうね。おじさんも沙都子がここまでするなんて思ってもみませんでしたから」
「それにしても園崎さんはこれからが大変ですなあ」
そう言いながら大石さんは笑った。
私が大変? 一体どういう意味だろう。
訊くと大石さんは躊躇いがちな表情を浮かべていた。どうしてそんな表情をするのだろう。
「んっふっふっふ。聞いていませんかぁ? 北条さんが園崎お魎に会うってお話〜」
…………それは紛れもない初耳だった。
休会時間を終えたか休憩所として設置してあるテントから沙都子は出てきたがこれ以上ないほどの神妙な表情をしていた。
私は声をかけるとなぜか安堵した表情をしていた。
「あら魅音さん、どうしましたの。私になにか用がありますこと?」
「沙都子。大石さんが来て話を聞いたんだけど」
その言葉で沙都子はふうんと生返事をしていた。
ちなみに大石さんとはあれから程なくして別れた。なんでも新年会を兼ねた麻雀をするとか。私も勧められたが丁重に断った。
ともかく大石さんからなぜ沙都子が婆っちゃである園崎お魎に会いたいのか大体の説明を聞いた。
まあ聞くまでもなかったが。
「で、沙都子は婆っちゃに会ってどうするつもりなの」
「……どうするもこうするもありませんわ。私の今の思いをそのままぶつけるんですのよ」
「思いって、確かに沙都子が村八分で不遇なのは判るけど、でも」
「どうしてそこで訝るんですの、魅音さん。別に私は一人で乗り込んでもいいですの。ただあの人にもうこれ以上冷遇するのを辞めて欲しい。それだけですのに」
「そんな。婆っちゃに何されるか判らないよ! それでも沙都子は構わないの?」
「何されても構いませんわ!」突如彼女は声を荒げた。「何かされてこの冷遇さを解除できるのなら…………腕の一本や二本失っても構いません」
「どうしてなのよ! どうしてそこまで!」
いつの間にか激昂していた。
北条家はダム抗争で建設派にいた一人でそれが婆っちゃの怒りを買い、以後北条家を村八分していた。けど婆っちゃは沙都子のことを悪く言いながらも心配している様子でこの話題は自分が墓場まで持っていって終焉する予定だった。
なのに沙都子が乗り込んで、それで更に婆っちゃの怒りを買ったら今以上に悪い展開になるのかもしれない。
ならば現状維持がいいと私は思う。
だってそれなら少なくとも苛められることはないのだから。
「魅音さんには判りませんですのよ」彼女は訥々と呟いた。「魅音さんは次期園崎家頭首という肩書きを持っておられて、その時点で私との価値観が違うのですわ。現状維持も一つの手ではありましょうけど、でもそれももう我慢の限界なのですわ」
「どうして…………」
「これは私が私らしく生きるために決断いたしましたの。だからにーにーを警察に出頭することもそのためなのですわ。この話を聞いたということはそのことも魅音さんの耳に行き届いているのでございましょう?」
「え、ええ」逡巡しながら頷いた。
「私は北条沙都子としてこの生を全うしたいのですわ。だから魅音さん、手出しは無用なのですわ」
…………沙都子の瞳は私の双眸を見据えていた。
この時私は冬休み前に恵美ちゃんが言ったことをやっと理解した。
確かに、私は幸せだった。
何も見えていなかった。
だからかもしれない。
幸せだったからこそ見えないことがあったんだ。
沙都子のも、その一つ。
「ねえ、沙都子。それは譲れないよ」
「えっと、それってどういう意味でございますの、魅音さん?」
「…………………」
言葉が続かず沙都子が怪訝した表情をしていた。
一瞬口にするのを躊躇った。
でも、これは自分で決めたことなんだ。
私が、園崎お魎のお人形ではない、園崎魅音であることを自覚するために言うんだ。
だから。
「だってそれはおじさんが解決する問題なんだからさ」
ああ、言っちゃった。
言っちゃったよ。
あははは。今回は何枚爪の皮剥がされるんだろうな。あれ死ぬほど痛いんだよね。
でも、もう逃げない。
目の前の現実から。
もう逃げない。
私自身から。
「魅音さん?」
「おじさん覚悟を決めたって言っているの。婆っちゃに沙都子の想いを伝える努力を私もしてみる」
「なっ!? では魅音さんはお魎さんを敵に回すのですこと!? そんなことありえませんわ」
「ああもう、おじさんが決めたの! 戦うって。おじさんも戦う。だから沙都子、一緒に戦っても、いい?」
その言葉に沙都子は涙ぐんでいた。
そして急に抱きついてきた。
身震いしていたその身体は内心怖くてたまらないのだろう。本当は婆っちゃに会うことさえ嫌なのだと思う。でも、それでも沙都子は婆っちゃに会う決意をした。
それはとっても立派なことで、私だけじゃそんな判断できなかったと思う。
でも、私は守りたい。
今度こそ沙都子のことを守りたいと強く思った。
私達は梨花ちゃんの提案で圭ちゃんの家に行くことにした。
勿論圭ちゃんと会って話をするためである。
宇呂曲折を経て圭ちゃんと話をする機会を設けた。
梨花ちゃんが仲間について熱い議論をしていたのは心底驚いた。だって梨花ちゃんがこんなに熱いトークをするなんて思ってもみなかったんだから。
それに後押しされてか沙都子とレナは身の内話をした。沙都子の内容は勿論悟史のことレナは自分を取り戻すために茨城に戻ることだった。このことは一昨日のうちにレナから話を聞いていた。もっともその話を聞いたときの表情は今の圭ちゃみたいだったと思うけど。
それぐらいレナの覚悟は凄いものだった。
これも全て、彼女凪原恵美ちゃんがいたから。
彼女ときちんと対峙したいレナらしい決断だったと思う。
だから私も決断した。
わざと圭ちゃんを突き放す言葉を吹っかけた。
圭ちゃんなら絶対に判ってくれると信じて。
結果圭ちゃんは判ってくれた。
さすが私の王子様だと思う。
翌日帰宅すると、私は直ぐさま詩音を呼び出した。
彼女は悟史の傍を離れたくないのか不承不承しながら来た。
だが私が沙都子の側に回り、婆っちゃを敵に戦う話をした途端表情を一変していた。
「本気で言っているんですか、お姉。鬼婆と対峙するなんてそんな話聞いたことありません」
「あはは、だって聞かせていないんだからさ。でも…………うん。正直怖い。詩音、私、ちゃんと出来るかな」
途端、彼女はこつんと額を軽い拳骨をした。
そして柔和な笑みを私に浮かべた。
「まったく。魅音は恐がりなんだから。そんなことじゃいつまでたっても空気嫁ですよ」
「あ、ひっど〜い! そんな言い草ないじゃない!」
「あははは。まったくヘタレチキンなお姉にはお似合いですね」
「う〜だから詩音嫌いなの〜」
詩音は懲りずに「そりゃあどうも」と減らず口を言っていた。
「それでね、詩音。私、婆っちゃに覚悟を見せたいと思う」
「それって前に私とお姉がやった指の爪を剥ぐみたいなものですか?」
「うん。でも今回は爪じゃない。これを差し出すの」
そう言うと結えた自分の髪を触った。
覚悟のそれは断髪。
しかもただの断髪ではない。もう詩音と入れ替えが不可能と思うくらい髪を切る。
弱い自分を払拭するために髪を切る。
そして沙都子と村の未来を願って髪を切る。
それぐらいこの断髪には意味が篭もっていた。
「ほ、本当ですか魅音。貴女は、それでいいのですか? 沙都子を守るのは私の役目だから、私が」
途端、私は遮った。
「いいんだよ……お姉ちゃん。これは、私が、ううん、私でないといけないと思うんだ。当主が起こした罪は次期当主である私が罪を被らないといけない。だからお姉ちゃんはそのまま詩音でいて欲しい」
「それって…………」
「私、魅音で一生生きていく覚悟が、やっと出来たの。だから、もう誰になんて言われても私は園崎魅音なの」
呆然とした表情を詩音は浮かべていたがぷっと吹き出すと大笑いをしていた。
ぶ〜何がそんなに可笑しいのよ〜。
なんか小馬鹿にされた気分。
「だって魅音がそこまでの覚悟があるなんて思わなかったから、つい」
「ついで笑うな〜!」
「そうですね」詩音は深呼吸して素の表情に戻した。「貴女がそう決めたのなら私はもう何もいいません。私は沙都子と魅音の動向を見守りたいと思います。どうせそう言う要求だったんでしょう?」
「えっと…………うん」
「なら決まりですね。でも沙都子にもしものことがあったら」
「それは絶対にない」私は意志の籠もった声で遮った。「沙都子にもしものことなんて絶対にさせない」
詩音はそうですかと穏やかな表情で呟いた。
途端私の髪を急に頭を撫でてきた。
な、なによ! 私詩音に頭を撫でられるようなことした?
詩音は別にと言いながらにへっと笑っていた。
「まったく、この妹は」
彼女はそう呟いた。
それは紛れもない姉の言葉だった。
やっぱり私は詩音には敵わないと思う。
でもそれでいい。
私は魅音なんだから。
◆
翌日、私と沙都子は婆っちゃに想いの丈を全て伝えた。
圭ちゃんのいる前で声を荒げて、さらに自分の髪を鋏で紙を切るみたいな断髪するのは心苦しかったけど、でもこれも私の決めたことだから後悔はなかった。
すると婆っちゃは拍子抜けなくらい簡単に村八分の解除を命じたのだった。
なんでだろうとお母さんに聞くがお母さんは「そんなだから(・3・)なんだよ」と失礼過ぎるくらいの暴言を吐いていた。
それから私は興宮にある理髪店に行き、葛西さんに勝るとも劣らないくらいショートカットになった。
鏡で見る私は、全くの別人みたいだった。
なんだか急に全てが怖くなってしまった。
まるで私でない誰かが私のことを蹂躙している気がしたのだから。
みんなに似合っていると言われれば言われるほど、私の心情はかき乱されていた。
そんな落ち着かない時に圭ちゃんから電話がきて、私のことを誘ってきた。
といってもデートとかの誘いではない。
圭ちゃんは魂の籠もった声で「明日一緒に興宮のある場所についてきてほしい」と言って誘ってきたのだ。
そこは恵美ちゃんの両親の住んでいるマンションだという。両親にどうしても伝えたいことがあると言っていた。
これが圭ちゃんの覚悟なんだと思う。
だからそれを無碍にはできない。
私はうんと即座に返答すると圭ちゃんはまた明日と言いながら電話を切った。
明日。
この日が待ち遠しくも、怖かった。
圭ちゃんに私の髪型を見られると思うと、急に畏縮してしまう。
「あれ? 圭ちゃんとデートですか? 嬉しいですねえー」
白々しい口調で詩音が吹っかけてきた。知っているくせにその口調はないでしょー!
でも直ぐに真面目な表情をして
「で、圭ちゃんに告白、どうするんですか?」
核心をついてきた。
「ここ、告白って…………その」
「この絶好の機会を見逃すと言うんですか? ハッキリ言いましょう、それって単に自分が可哀想と思うだけなんじゃないんですか?」
「私が、可哀想?」
「そうです。恋している、でも告白できない、だから可哀想だと勝手に思いこんでいるだけなのではないのですか」
…………そうかもしれない。
私は圭ちゃんに対していつもそんな素振りをするのを躊躇い、わざと男勝りな言動を吐いていた。
おじさんと一人称として使うのもその一つ。
「で、でも圭ちゃん。私のことをちゃんと見て」
「あの鈍感野郎に態度でお姉のことを女として見ているとお思いですか? ちゃんと口にしないと伝わりませんよ。それが例え成就してもされなくても、お姉はその義務があると私は思います」
「……私、圭ちゃんに振られるの、嫌だよ」
途端。
詩音は私の頬を叩いてきた。
突然のことに虚をついた表情をしていると詩音が一言。
「振られるのがそんなに怖いですか魅音。成就されないのがそんなに嫌ですか魅音。私はそれすら悟史君に出来なかった。もちろん、今後容態が回復したらする予定ですが魅音は今、やらなきゃいけないと思います。振られもいいじゃないですか。なにより、圭ちゃんが一番最初に傷つけるんです。これ以上ない僥倖だと私は思います」
詩音の言っていることは熱が籠もっていた。
言いたいことは判る。
同じ双子なんだからこれ以上ないくらい言いたいことがひしひしと伝播する。
振られて欲しくない、成就してほしいと一方で、圭ちゃんなら傷ついてもいいと言っている。
それは…………うん。そうだと思う。
あはは。
でもまだ圭ちゃんが私が振るなんて決まっていないし。
…………烏滸がましいか。
だって圭ちゃん、今それどころじゃないもん。
だからこれは卑怯なタイミングじゃないのかなと思う。
弱っている圭ちゃんに献身的な告白をするなんて。
フェアじゃないと思う。
でも、今この想いを圭ちゃんに伝えたい。
後悔のない私を目指して。
うんと私は頷いた。
◇
翌日私は圭ちゃんと興宮の図書館で待ち合わせしていた。
少し前に来すぎたのか圭ちゃんの姿はなかった。私は座ってふうと溜息を吐いた。
それにしても今日はやけに冷えるなあ。
薄手のコートを着込んできたけどそれでも寒い。
空を見上げる。
雪こそ降ってないけど鉛色の空だった。
もしかしたら雪でも降るののかも知れないな。
圭ちゃんは私の髪型を見て馬鹿にされないだろうか。
ちゃんと私のことを女の子として意識してくれるだろうか。
その時。
「熱っ」
私の頬に熱い感触が伝わった。
振り返ると圭ちゃんがホットの缶コーヒーを私の顔に引っ付けてきた。
圭ちゃんは茶色のダッフルコートに皮のジーンズを着込んでいた。
「魅音、だよな」
「どうしたの圭ちゃん。そんなに狼狽えて。おじさんに見とれちゃった〜?」
茶化したようにそう答えると圭ちゃんは逡巡しながらああと呟いた。
「その、なんだ今までの魅音と違うから吃驚していた」
「今までのおじさんじゃないってどういうことよ〜」
「なんていうか、魅音、可愛くなったなって」
「…………可愛い? 本当に可愛い?」
「そんなにがっつくなよ。少なくとも俺はそう思うんだからさ」
圭ちゃんに可愛いと言われた。
今まで圭ちゃんは私のことを女としてでなく仲間の一人として見ていてくれた。
それは非常に嬉しいことだけど、可愛いと言われたことは今まで一度もなかった。
私は詩音やレナみたいに女の子らしくない。
沙都子や梨花ちゃん、羽入みたいに可愛くもない。
それなのに圭ちゃんに可愛いと言われた。
嬉しいと同時になんだか急に寂しくも感じていた。
今までの私が男勝りな立ち振る舞いをしていたから圭ちゃんが仲間と認めてくれて、でも同時に女として意識していないという悲しさ。
でも圭ちゃんは悪くない。
悪いのなそんな立ち振る舞いに依存していた私なんだから。
圭ちゃんが怪訝しながら大丈夫かと訊くと私はうんと呟いた。
「それで圭ちゃん。恵美ちゃんのお家に行くことだけど、いいの? 本当に?」
「…………ああ。まず恵美ちゃんのご両親に会わないと行けない」
「どうして? どうして彼女のためにそこまでするの? だって、その」
圭ちゃんがここまで苦しむ必要もないと思う。
勿論圭ちゃんが恵美ちゃんに犯した罪は一生消えることはなく、それは罪の十字架と背負い込んでほしいと思う。
圭ちゃんはもう十分だと思う。
十分に罪を享受していると思う。
だけど恵美ちゃんは許さない。
一生許すことはない。
世の中そんなに甘くはないんだと。
それじゃあ圭ちゃんが可哀想だよ。
すると圭ちゃんは逡巡しながら言った。
「これは恵美ちゃんどうこうでなく俺の問題なんだ。俺が俺であるための問題なんだ。だから魅音に見て欲しいんだ。昨日あれだけ沙都子のために身を挺して訴えた魅音に見て欲しいんだ」
「おじさんはそこまで強くないよ。でも圭ちゃんがそう言うのなら、見ていてあげる」
圭ちゃんはありがとうと感謝していた。
そう、か。
圭ちゃんも変わろうとしているんだとこの時やっと気づいた。
沙都子やレナ、私、梨花ちゃん同様に圭ちゃんも変わろうとしている。
そんな圭ちゃんにいきなり告白なんて出来るはずがなかった。
そもそも今の私に圭ちゃんを恋人として必要なのだろうか。
それだったら今の関係を壊したくない。
今の関係に依存したい。
でも、それは詩音に言わせれば『甘え』なんだろうな。
逃げているね、私。
「じゃあ圭ちゃんは恵美ちゃんのご両親に会って一体なにをするの?」
「ん? ああ。それはな」
圭ちゃんと私は恵美ちゃんの住んでいるマンションに向かい、部屋に通された。四階建ての子洒落た外装のマンションでうちの会社が所有する一つである。そこの二階の右から二番目のドアに恵美ちゃん達家族が住んでいた。圭ちゃんは呼び出しベルを押すと中から女性が出てきた。優しい雰囲気を醸し出す美人で彼女の名前は凪原恵子さんと名乗っていた。中に通されると恵美ちゃんのお父さんが待ち構えていた。
恵美ちゃんはと訊くと今日は梨花ちゃん達と遊びに出かけてたと言う。
そういえば沙都子が昨日そんなこと言っていたな。それを仕組んだのは圭ちゃんらしく前もって恵子さんや沙都子達に連絡を取って時間の調整をしていた。
ともかく圭ちゃんと私は居間に通されて恵美ちゃんのご両親ときちんと対峙する形で座った。
「で、今更何。私達はもう君のことを許したはずよ。だからこれ以上恵美に対して身勝手な行動は慎んでほしいものだわ」
恵子さんが言った。
「ちょ、身勝手って。それはこっちの台詞じゃないんですか。圭ちゃんは恵美ちゃんに」
私は思わず口を挟んでしまった。
圭ちゃんは服の袖を摘んでそれ以上発言するなという目配せをした。
私は拗ねた表情をしながら仕方なく圭ちゃんに従った。
そして圭ちゃんが口を開く。
「全て俺が悪いことは十分に判っています。加害者なのですからそれに弁解の余地もありません」
「当たり前よ。それが常識じゃない」
「でも、彼方達はどうしてわざわざ雛見沢に引っ越そうと思ったんですか?」
「それは…………」恵子さんが言葉を濁させた。代わりに恵美ちゃんのお父さんが呟く。
「恵美がそう願ったんだ。恵美が『前原圭一に会わないといけない』と言って聞かずにいたんだ」
それは間違いなく彼女の本心だろう。
そして彼女は見事その復讐を果たした。
それが彼女の信念なのだから。
「あの、俺の話を聞いて貰えますか」
突然圭ちゃんがそう言うと二人は顔を見合わせながら承諾した。
あのことを言うつもりなのだろう。
圭ちゃんが言うこととは自分去った後に現前原屋敷を借家として使って欲しいという内容だった。
突然のことに二人ともあんぐりと開いた口がふさがらない状況だったが、直ぐにそれは憤慨に変わった。
当然のことだと思う。
禍々しいことだと思う。
でも圭ちゃんの意志は、本物だった。
「俺はずっと恵美ちゃんから逃げていました。ずっと自分から逃げていました。だからももう終わらせたいんです。俺が俺でいるために。だからどうか身勝手で我が儘な言い分ですが考慮してください! お願いしますっ!」
圭ちゃんは必至に土下座していた。
恵子さんや恵美ちゃんのお父さんは何もいわず圭ちゃんを見詰めて数分。
長い沈黙が部屋を包み込む。
そして。
「君の熱意、判ったわ」恵子さんがそう呟いた。「でも決めるのは私達でなくあの子よ。だってこれは圭一君と恵美の問題なんだから」
「ですから今日は自分に活を入れるために来たんです。後日恵美ちゃんの前できちんと話します! 俺の全てを彼女に捧げます」
恵子さんはそうと呟きながら「お茶でも飲んでいかない?」と誘ってきた。圭ちゃんの言い分をある程度容認したと思う。恵美ちゃんのお父さんは渋った顔をしていたが恵子さんに諭させられて仕方なく折れた。なんだかうちのお父さんとお母さんの関係ににているな、この二人って。お父さんのお母さんに尻に敷かれているし。どこの家でもそうなのかな。
ともかく一区切りついたと思う。
圭ちゃんの信念が勝ってたのだから。
…………じゃあ私はなんなのだろう。
確かに昨日沙都子のために覚悟を決めて婆っちゃと対峙した。結果いい方向にいったけど、これは沙都子が一人で行くと聞いたから私もついていくと決めた。
なら私が私らしいって何だろう。
決まっている。
私が圭ちゃんにこの密かな想いを伝えないといけないんだ。
『振られもいいじゃないですか。なにより、圭ちゃんが一番最初に傷つけるんです。これ以上ない僥倖だと私は思います』
詩音がそう言っていた。
うん、そうだよ。
圭ちゃんが私を傷つける。これ以上嬉しいことはないんだから。
お茶を頂いてからしばらくしてお暇して玄関から出ると鉛色の空からは粉雪が降っていた。
朝見た気象予報だと直ぐに天候が回復すると言っていたから積もる心配はないと思う。
なんとも言えない感情。
圭ちゃん、貴方のことが好きだよ。
だから言おう。
私が私らしく生きるために。
◇
圭ちゃんと並んで歩いている。
同じ歩調で闊歩している。
端から見たら私達は恋人みたいに写るかもしれない。
なのに、気分は晴れない。
「魅音、ありがとな」
突然圭ちゃんが喋ってきた。
「ん? なにが?」
「その、今日お前がついてきてくれてとても嬉しかった。何より心の支えになった」
「あはは。おじさん、何もしてないよ。それになんだかおじさんがしゃしゃり出過ぎたみたいで、余計話が拗れたんじゃかと思って冷や冷やしていたんだから」
「あはは。確かに魅音は空気読めないからな」
「ぶ〜、何よ〜その言い草〜」
圭ちゃんは笑っていた。
圭ちゃんの笑っている顔を見るといつも私の心が洗われるような気がした。
このままでいいんじゃない。
心の中の私が呟く。
このまま微温な日常を、謳歌してもいいんじゃないの。
このままの関係でいいんじゃないの。
私もこのままの関係を壊したくない。
圭ちゃんともっと一緒に楽しく過ごしたい。
でも詩音にとってみればそれは自分が可哀想と思っているようにしか見えない。
私は、圭ちゃんに言わないといけない。
「ん。どうしたんだよ、魅音。今日のお前様子がおかしいぞ」
「………………」
「おい。どうしたんだよ?」
怪訝な顔の圭ちゃんが問いかける。
うん。様子、可笑しいよ。
だってこれから私らしくないことを圭ちゃんに言わないとけいないんだから。
様子がおかしいのは当たり前だよ。
私はゆっくりと口を開いた。
「…………ねえ、圭ちゃん。これから私の話を最後まで、遮らないで」
「それって一体」
「お願い」
「ん。まあ魅音がそう言うのなら」
圭ちゃんは渋々承諾してくれた。
もう後戻りはできない。
私は深呼吸を数回した。
すーはー。
すーはー。
すーはー。
…………それでも心臓のドキドキは止まらない。
圭ちゃんの顔を直視出来ない。
でも。
「圭ちゃん、いえ、前原圭一君。私、園崎魅音は…………貴方のことが好きです」
呆気に取られていた。
それは当たり前だと思う。
顔が紅潮して凄く熱い。
でもまだ言い足りない。
だから、私は、続けた。
「圭ちゃんのこと、ずっと好きでした。ずっとずっと好きでした。一緒にいたいと、思いました。だからお願いします。私と付き合ってください!」
…………言っちゃった。
圭ちゃんに全てを言っちゃった。
「ほ、本当か、それ? 嘘じゃ、ないんだよな」
私はこくんと頷いた。
嘘なんかじゃない。この想いは絶対嘘なんかじゃない。
圭ちゃんはしばらく逡巡した顔をしていた。
苦悩している。
葛藤している。
私のために、必至になって考えている。
そして、圭ちゃんは申し訳なさそうな顔で。
直ぐにでも泣きじゃくりそうな顔で私を見た。
それを見た瞬間、ああ、と何となく答えが判ってしまった。
「ごめん! 魅音! 俺はお前の気持ちに答えられない。お前が俺のことをそんな目で見ていたなんて知らなかった。気づくこともしていなかった。お前とはずっと気の良い親友だと思っていたんだ。だから…………そんな目で見ることは出来ない。それに俺は、今、お前を受け入れると、怖いんだ」
「怖いって、なにが」
「恵美ちゃんから、いや、俺を支えてくれたみんなを裏切るようで。そして自分自身から逃げるようで」
「じゃあ圭ちゃんが私を振ったのは誰か好きな人がいるとかじゃないんだ」
「ああ。ごめんな、魅音」
「…………そっか」
私がそう呟くと圭ちゃんは深々と頭を下げた。
「なんで圭ちゃんが頭を下げるの。私、とっても嬉しいんだから」
「え? どうして? だって俺は魅音のことを」
「大好きな圭ちゃんが一番最初に私を傷つけた。だから、いいんだよ」
そう言うと私の目から涙が滴り落ちた。
それは自分でも呆れるくらいの大粒の涙。
あはは。みっともないなあ、私。
『いい大人が半べそですか?』
うん。これじゃあ恵美ちゃんの言ったとおりじゃない。
「ねえ、圭ちゃん。せめて私の願い、聞いてくれる?」
「俺に出来ることならな」
「圭ちゃんに抱きついても、いい?」
「…………ああ」
途端私は圭ちゃんの身体に抱きついた。
逞しい身体。私みたいな華奢な矮躯と違って男らしい。
やっぱり幾ら男の子の真似をしたって本物の男の子とは全然違う。
圭ちゃんは突然のことで吃驚した表情を浮かべていた。
「ねえ、圭ちゃん。キスしても、いい?」
私がそう呟くと圭ちゃんは逡巡しながら、かぶりを振った。
「その役目は俺じゃない。それは次の奴にとっておけ」
「嫌だよ。私、圭ちゃんじゃないと、駄目なんだよ」
「…………ごめん。俺には出来ない」
圭ちゃんはそう謝っていた。
………………うん、圭ちゃんならなんとなくそう言うと思っていた。
これでキスをしたら私、圭ちゃんのことを軽蔑しちゃうかもしれない。
その気をする素振りをして欲しくなかった。
でも圭ちゃんはその素振りをしなかった。
必至で拒否していた。
それが嬉しかった。
何より私のことを大事と思ってくれて、本当に嬉しかった。
私は圭ちゃんの胸に埋めた。
そして――止まらないくらい涙が、嗚咽が始まった。
駄目だよ、こんなの。
こんな羞恥を圭ちゃんに晒したくないよ。
でも止まらない。想いが溢れて止まらない。
圭ちゃんは優しく私の顔を眺めていた。
雪は冷たく、そしてしんしんと振る。
こうして、私、園崎魅音は前原圭一に失恋した。
◆
時は進む。
それから数ヶ月後昭和59年3月20日。
圭ちゃんにふられた私は受験勉強に専念した。
といっても圭ちゃんが私に家庭教師するのは相変わらずなので妙にぎこちない雰囲気になったのは言うまでもない。でそれに水を差したのは他でもない、恵美ちゃんだった。
恵美ちゃんと圭ちゃんとはそれから数日後、学校でお互いの本音を言い合い、見事和解までも行かなくても意思の疎通が通じ合うまでなった。でそれから彼女は部活や私達と積極的に参加するようになったけど彼女って推理ゲームとか頭を使うゲームだといつも一位なんだよね。たまに負けるときがあったとしても「いつも勝っていては面白味がありませんから」と豪語していた。しかもその時は明らかに手を抜いている感があるし。
あの詩音や復帰後の悟史と一緒に部活をしたが、それでも彼女は連勝に次ぐ連勝を飾った。
本当に意味で部活でやりずらい女の子だと思う。
また羽入だけど突然転校することになった。なんでも親戚から呼び出されたとかそんな理由で。これに対してなぜか梨花ちゃんが怪訝した顔をしていたけど一体どうしてなのだろう?
圭ちゃんやレナの引っ越し準備も着々と行われていた。
私もなんとか受験した高校に合格した。
今日は卒業式。
私とレナと圭ちゃん。
みんな今日でお別れ。
そう思うとなんだか胸が熱くなってきた。
「おい、魅音」
その時圭ちゃんが声をかけてきた。そして両手には何か隠しているようだった。
どうしたの、と訊くと圭ちゃんは恥ずかしい表情をしながら手の中にある物を渡した。
それはヘアバンドだった。
「その、なんだ、魅音、これを付けた方がいいと思って。夜なべして作ったんだ」
私は素直に感激し、圭ちゃんが貰ったヘアバンドを早速付けた。
自分ではよく判らないけどレナや沙都子、梨花ちゃんが可愛いと褒めてくれた。
う〜ん。以外と似合っているのかな。
その時カシャとシャッター音が聞こえた。
見るとフリーのカメラマンで綿流しの時にはお世話になった富竹ジロウさんがいた。
なんでも今日のために雛見沢に来たという。あれ? そうでなくても最近よく見かけるんだけど。
「いやいや。それにしても魅音ちゃんが急に髪切ったから驚いたよ。どうだい? 一枚写真でも?」
私は丁重に断ろうとしたけど…………撮ってと答えた。
今の私を写真で残してもいいと思ったから。
しかしここで茶々をいれたのが富竹さんと全くの初対面である恵美ちゃんだった。
「貴方の写真の取り方ってぶれていてなんていうのかな、独り善がり的な構図が多そうなのですが」
「お、おいおい。初対面の人間にその言い草はないだろ? それに僕は楽しく撮れない写真は撮っても面白くないと思うんだ」
「ならそのカメラで一枚私に撮らせてくれませんか。後日私と富竹氏の写真をどっかの賞に応募するっていうのいかがでしょう?」
恵美ちゃんは嘲笑した笑みを浮かべていた。
う〜ん、どうして彼女ってこう人に突っかかるのかなあ。
富竹さんも彼女の口車にまんまの乗せられて、妙な対決が始まった。
被写体は私と誰かってことで人数大勢でも可のことだった。っていうか私は変わらないんだね。
富竹さんは私とレナ、圭ちゃん、沙都子、梨花ちゃんがいる写真を撮った。ちなみに恵美ちゃんは辞退していた。なんでも「最後の雛見沢で撮る写真なのですからどうぞこれまでの先輩方達で撮られたらいいと思います」とかよく判らない言い訳をしていた。
で、一方の恵美ちゃんだけど私と沙都子のツーショットを希望した。
被写体である私達は勿論のこと富竹さんやレナ、梨花ちゃんも突然のことで驚いていた。
「あらあら、先輩方なにを驚いていられるのですか? お二人のツーショットだと都合でも悪いのですか?」
「いや。そういうわけではないんだけど」
「恵美、これは苛めなのですわ〜!」
「沙都子先輩。私が一体いつ苛めているんですか? そんなこと先輩にしたつもりは毛頭ありませんが」
沙都子はぐうの音が出なかった。
どうも沙都子は恵美ちゃんに遊ばれている節がある。
ある意味梨花ちゃんよりも凄いかもしれないかも。
私と沙都子は一緒に撮ることにした。
恵美ちゃんが笑ってと言う。
それにしても沙都子とこうして写真を撮ることは珍しいかもしれない。
園崎家と北条家の娘が一枚の写真に仲睦まじく収まるというのも乙なものである。
全ての蟠りが氷解した今ならお互い笑えると思う。
そして恵美ちゃんはカシャとシャッターを押した。
後日談だけど富竹さんは見事投稿した写真が大賞を取り、念願のプロデビューを飾った。
ただそれは恵美ちゃんが撮った私と沙都子のツーショット写真だったけど。
富竹さんは憤慨して賞を辞退したが、それがまた奇形に写ったのかあらゆる出版社から打診があったという。
世の中まったく何がどうなっているんだか。
それにしても恵美ちゃんってある意味最強じゃない?
卒業式が終わってから私は圭ちゃんと一緒に帰宅した。
レナは片付けが残っているとか言って帰りが少し遅れるから先に帰ってと気を利かせてくれたみたい。
でも、圭ちゃんとこうして並んで歩くのも今日で最後。
圭ちゃんは数日後引っ越ししちゃうし、私も私でこうして分校に毎朝登下校することは出来ない。
そう思うと急に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「なあ、魅音」
「ん。どうしたの圭ちゃん?」
「今日で終わりだな」
「うん、そうだね」
「俺、お前に告白された時、すっごく嬉しかったんだ」
「へえ。振っておいてよく言う〜」
「そうだな」
「うん」
私達は笑い合った。
あれから圭ちゃんの関係は多少ギクシャクしていたけど今までと何ら変わりない。
仲間。
ううん。もしかしたらそれ以上の関係かもしれない。
しばらく歩くと婆っちゃの家に繋がる分岐点まで差し掛かった。
私は圭ちゃんと対峙した。
「圭ちゃん。ありがとう」
「なんだよ、急に」
「うん。そう言いたかったんだ」
「そうか。卒業おめでとう、魅音」
「…………ありがとう」
私は顔を顰めた。
駄目だよ、笑顔でお別れするんだから。
圭ちゃんと笑顔でさよならするんだから。
刹那、圭ちゃんが私の頭を撫でてきた。
突然のことに頭が真っ白になったけど。
「これからお互い頑張ろうな」
そう励まされた。
まったく頑張ろうって。
もっと気の利いたことを言ってよね、馬鹿ー。
でも私は「うん」と頷いた。
そうして私と、圭ちゃんは、別れた。
圭ちゃんは圭ちゃんの道を行く。
ならば私も私の道を行くしかないと思う。
私は圭ちゃんに出会えてよかった。
圭ちゃんと一緒に毎日を暮らせてよかった。
圭ちゃんと仲間になってよかった。
そして…………圭ちゃんに告白してよかった。
私、園崎魅音は圭ちゃんに出会えたことで十分の幸せを貰った。
それだけで幸せなの。
私は圭ちゃんに振られたからって可哀想じゃない。
圭ちゃんは私にとって永遠の王子様なのだから。
私は振り返り顔を見合わせることなく家に帰った。
王子様はゆっくりと静かに去っていく。
私の王子様はもうここにはいない。
でもだから言える。
今まで、ありがとう。
私の好きな人でいてくれて、ありがとう。
貴方は見えなくなるけど私は私の人生を生きていく。
私は強く気高く生きていくと心に決めた。
貴方がいてくれたからそう決めることが出来たの。
貴方がいてくれたから。
貴方を通して…………私は成長することが出来た。
だから。
私は貴方に負けないくらい素敵な女性になるんだから。
空を見上げると曇っていた。
そして私は、呟いた。
さようなら、私の王子様。
了
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