FC2ブログ

シリウス


 ……さん。
 ……音さん。
 声が聞こえた。聞き覚えのある声。
 私の身体が揺れていた。
 そして。
「詩音さん」
「……あ、監督」
「おはようございます、詩音さん」
 監督は笑って挨拶をした。
 私も少しはにかみながら、笑みを浮かべた。
「今日もお見舞い、ご苦労様です」
 監督、医者入江京介はそう言った。
 私はいいえと答えながら笑窪を作った。

 入江診療所の地下に北条沙都子の兄、北条悟史が眠っている。
 多くの人は悟史くんのことを家出をした、と思っている。
 もちろん私、園崎詩音も例外なくそう思っていた。
 ただ、あるきっかけで私は悟史くんが入江診療所の地下に悟史君がいることを知った。
 嬉しかった。
 だって悟史くんが、ずっと死んでるんじゃないかと思っていた悟史君が生きているんだもの。
それから私はたびたび入江診療所に来て悟史くんのお見舞いにきた。
 いや、たびたびっていうより頻繁に、かな。
 悟史くんは白いベットに寝ていてとても心地よい顔で眠っている。悟史くんは寝ていても日によって落ち着く日と落ち着かない日があるらしく、落ち着く日はこうしてお見舞いができる。
 けど落ち着かない日、つまり寝ていても悟史くんは暴れる。悪夢にうなされながら。だから私も誰だか判らない。いや、判らないというより、全員自分を殺した叔母に見えてしかたじゃないんかと思う。
 そういう時、私はガラス越しでしか悟史くんをお見舞いすることができない。
 だからこうして直接お見舞いできることは本当に嬉しい。
もちろん二人っきりっていうシチュエーションは理想だし、そういうのに憧れているんだけど悟史くんの容態がいつ変わらないか判らないため、いつも入江診療所のスタッフがいる。
 でもそれが監督の場合はまだ融通が利くから、本当にありがたい。
 だからさっきまで私と悟史くんは二人っきりでいられた。
 のにいつのまにか眠っちゃって、私の馬鹿。
「詩音さん、手に文庫本を持っていますけど、それを読みながら寝ちゃったんですか?」
 監督がそう聞いた。私はええと答える。
「宮沢賢治です」
「へぇ、これまた」
「馬子にも衣装って言いたいんですか?」
 監督はいやいやと手を振りながら答えた。
「違いますよ。それにそれ使う意味が違いますし」
「判っています。だから言ったんです」
「あはは。困ったなぁ。いえ、なんか詩人っぽいなぁと思いましてね」
 監督は腕組みしながらそう答える。
「詩人っぽい? まあ私はお姉よりも品行方正ですからそこらへんは弁えていますよ」
「えっとそういう意味ではないのですが」
「ちょっと、違うんですか!?」
 私はちょっと怪訝にしながらそう答えた。
「なんていいますか、どうして宮沢賢治を読もうと思ったのですか。それ詩集じゃないですか。もしかして悟史君にいい聞かせていたのではないのですか?」
「ちょ、その…………まあ、そうです」
 私は口を濁らせながら答えた。というか悟史くんと直接会うのは久しぶりだし、色々と話をしようと思っていたんだけど、なんか悟史くんの端整な顔立ちをいたら……話題が飛んじゃって、でたまたま持っていた宮沢賢治の詩集を読もうと思って、読んでいるうちにそのまま眠っちゃって……あー貴重な時間をっ!! 本当に私の馬鹿!
 すると監督は柔和な笑みを浮かべた。
「そうですか。悟史君は本当に羨ましいですね」
 その言葉に私は反応した。
「羨ましい? どうしてですか? だって、私」
「お見舞いだけならともかく、詩を読んでもらえるなんてなかなかありませんからね」
「それって、なんか馬鹿にしてません? 赤ちゃんにいい読み聞かせているお母さんのように、て」
 違いますよ、と監督は言った。
「むしろ詩音さんを尊敬しますよ。こうして読み聞かせているっていうのは知能がつくに連れて、なかなか機会がありませんからね。だから朗読劇というジャンルもあるわけですし」
「………………うー。やっぱりなんだか馬鹿にされている気がします」
「あはは。ところでどんな詩を読もうと思っていたんですか。私にも聞かせてもらえませんか?」
 私は赤面になった。
「ちょ、なんで監督に聞かせなゃいけないんですか!? そっちの方が恥ずかしいですよ」
「まあまあ、減るものじゃありませんし」
「私が精神的ヒットポイントが確実に減りますっ!」
 私はそう言って反論するけど、そういえば悟史くんに読んでなかったなぁと思い出して私はパラパラとめくると「春と修羅 第二集 三五六 旅程幻想」という詩に目がとまった。
 なんていうか一読して、なんともいえない感じがした。
 なんていうか、その、言葉にできない。
「詩音さん」
「わ、判りました。初めて読みますからとちっても笑わないでくださいよ」
「はい。というより悟史君のために一生懸命になっている詩音さんのこと、笑ったりしませんから」
 監督はそう言いながら私に笑みを浮かべた。
 もしかして監督、私のことを口説こうとしてません? と思わずいいそうになったけど、やめて詩を朗読することに集中した。
 そうして私はすぅと息を吸ってから読み上げる。

「さて、今日はここまでにしましょうか」
 監督はそう言って今日のお見舞いの終わりを告げた。
 私は悟史くんの手を握って「またくるね」と言いながら病室から出た。
「ねえ監督、悟史くんの容態はどうですか」
「容態ですか……悪くもありませんが、よくもありません」
「つまり現状維持ってことですよね」
 監督は何も答えなかった。
「……ねえ、監督」
「ん。どうかしましたか、詩音さん?」
「私、悟史くんの傍にいて迷惑じゃないのかな」
 すると監督は困惑した表情を浮かべた。
「詩音さん、どうしてそう思うんですか?」
「だって、私悟史くんから好きって言われたことないし、いつも引っ張り回しているだけだし……迷惑じゃないのかなって」
 そう俯きがちに私は言った。
 途端監督は笑みを浮かべた。
「ふふ。なら好きでもない人にどうして沙都子ちゃんのこと頼んだんでしょうかね」
「そ、それは……」
「それに、それは詩音さんが気にすることじゃありません。迷惑かどうかは悟史君が決めるものですからね。まあお見舞いで詩を朗読する人はそうそう居ませんけどね」
 監督はいつも調子で言った。
「なによー。結局そこを言うんですか? どうで私はひんぱんにとちりながら詩をよんでいましたよーだ」
「いえいえ。とちっても誰かのために詩を朗読してもらうていうのは素晴らしいです。悟史くん、本当に幸せだと思いますよ。これだけ想ってくる人が身近にいるんですから」
「でも、それは私より沙都子の方が」
 監督はそこで口を開いた。
「そうかもしれませんね。でも沙都子ちゃんも詩音さんもこうして想ってくれているというのは幸せ以外のなにものでもありません」
「そうでしょうか。私はとてもそう思えませんが」
「ふふ」
 監督はただ笑っていただけだった。

 入江診療所の玄関までいくと他の仕事が溜まっているので、と言って、中に戻っていった。
 空を見上げるとあたりは夜になっていて闇に包まれていた。
 星々が点々と光っている。
 それはまるで幻想的な光景だった。私がさっき宮沢賢治の詩を朗読したからだろうか。
 そういえば空を見上げることなんて久しぶりだなぁ。
 雛見沢は私の住んでいる興宮よりも田舎だから(まあ興宮も都会に比べれば全然田舎なんだけど)よく見える。
 まるで詩の世界にいるかのよう。
「あは。どうもいけませんね。私。悟史くんと会って話がしたい。好きでいられても、嫌いになっても私は……くよくよするな、園崎詩音。明日もがんばれ」
 誰に言うのではなく独り言。にしては少し大きかったかもしれな。
 でも構わない。
 私は悟史くんのために頑張るんだ。
 さて、これからお姉のところに行って、からかっていこうかな。
 私はそんなことを考えると、再度空を見上げる。
 星々はどこか笑っているように見えた。
 それはなんか優しく見守ってくれているお母さんって感じがした。
 私のやっていることは詩のリフレインのよう。
 いや、私だけじゃなく人の人生は星から見たら詩のように短く何回もリフレインをしているのだろう。
 でもだからこそ輝いていないといけない。

 そう、だって生きているんだから。
 

                                                    END
 

2008/09/13 16:34 | 3600COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP |