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「ひぐらしのなく頃にー想穢し編」

本作はいくいが「第一回ひぐらしのなく頃に 小説大賞」にて投稿し、一次予選落選した作品です。惨劇な描写も混じっていますので嫌悪なさる方はスルーしてください


                         ◇


 平成十七年陽春。
 ガタンガタンと揺れる車両の中で吉田稔莉は突然声を掛けられた。
 そこにはシックな服装をした品格のある女性がいた。
 四十~五十代くらいの熟年だと思うが、風貌はそれを払拭するくらい若々しかった。
 稔莉は会釈をしてどうぞと応えた。
 どこで降りられるのですかと品格のある女性が訊いてきた。
 稔莉が躊躇しながら興宮と答えると彼女の表情が明るくなった。
「実は私もなの。駅に着くまでの間話し相手になってくれるかしら?」
「ええ、勿論いいですよ」
 品格のある女性は嬉しそうにくすりと笑った。
 彼女は宮島と名乗り出張の帰りだという。
 稔莉は自分の名前を言うと宮島は口元を歪ませながらはいい名前ですねと褒められ頬を赤らめ抑揚とした仕草をした。
 暫くして電車は××県鹿骨市興宮駅に到着した。
 それから興宮駅玄関まで来て稔莉はぜひまた会いたいと連絡を取りたいと電話番号を教えてと訊いたが宮島はまた会えるわよと煙に巻きながら稔莉の前からゆっくりと姿を消した。
 その後ろ姿を稔莉は見てなぜか言いようのない突然不安と耳鳴りがした。
 それは彼女の耳にしか囀らなかった響きだった。
 まだ夏まで猶予があるにもかかわらず、確かに、聞こえた。
 ――ひぐらしのなく音が。



             正解に気づいた時  必ず何かを代償する。  
      
              正解に近づいた時  必ず何かを喪失する。

             正解を見つけた時  必ず何かに遮られる。

             ではあなたはなんでその正解に拘るの?

                               Frederica Bernkastel


 
 稔莉はドアを開けてただいま~と言うと中から中年の女性が顔を出した。
 にっこりと微笑むその様は五十代の女性にも関わらずあどけなさの残る印象があった。興宮駅から徒歩十五分くらいのところある四階建てのマンションで二階に稔莉の母、吉田綾が住んでいた。
 綾に誘導され稔莉はリビングに通される。部屋はテレビ、テーブル、ソファーとざっくばらん、どこの家庭でも見られるような家具が目に入る。あまり帰ってきた実感ないな~と思ったのが稔莉の帰省した家の第一印象だった。もっとも彼女は大学受験の時興宮近くにある寒村雛見沢での災害の影響のため引っ越しした為、また東京の大学に進学したため家にいる期間は少なく、ゆえに感傷が疎かったのもそのためである。
「東京よりもこっちのほうが断然いいでしょ? 緑も多いし」
「……うん。こっちに住んでいた時にはずっと都会に行きたいて連呼していたからね」
 相変わらず減らず口なんだからと稔莉の綾がぼやく。
「でもよく戻ってきたわね。本当によかったの?」
 すると稔莉は表情を翳った。
 彼女は一昨年結婚もするも意思の疎通や考え方の違い、その他諸々の理由により今春離婚しこれを機に興宮に帰省した。
「でも、まだ子供は作ってなかったのは不幸中の幸いね。あんたは私に似て綺麗だしいくらでもやり直しできるよ」
 そうなのだろうかと稔莉は思った。
 お下げに整った目鼻立ちで華奢な矮躯、自慢じゃないがこの年代の女性の中では結構美人な方だと自負している。
 だが綾に似ていると言われて稔莉は不機嫌になった。
 それは親子なのに全然似ていないから。
「それより身辺の整理をしたいから部屋に戻るね」
 稔莉は立ち上がりリビングを後にする。
「稔莉」
 綾は呼び止めた。
「本当によく戻ってきたね。部屋はそのままだからいつまでも気にしないでね」
 稔莉は綾の顔を見ずにただコクンと頷きその場から去った。
 温かく迎えてくれた母の姿を見るのが照れてしまった。
 涙目になっている自分の顔を晒したくなかったから。




それから稔莉は東京から送った荷物や持ってきたものを整理し、気づいた時には外はめっきり茜色に染まっていた。
まだ三分の一も片付いてなかったが今日はここまでかな。
そう言うと稔莉はふうと大きな溜息をし、ふと窓から外を見る。
東京ほどではないがビル群は少なく空気も東京に比べて澄んでいる。今迄なんでこの場所を避けてきたのか不思議なくらい気持ちは晴々としていた。



                         ■


 興宮か。二度とこの地に戻ってくると思ってなかったのにな。当時高校生だったあたしはとにかく東京に行きたかった。理由は単純に東京という場所に憧れて、何かが変わるかも知れないと思ったから。高校のころが懐かしい。あの時は馬鹿やって、とにかく友達と騒いで――。
「て当時、友達いなかったじゃん、あたし」
 苦笑しながらあたしは自分自身に突っ込んだ。慣れない受験勉強を三年も費やしたので学園祭や体育際と言ったイベント事や恋愛にとにかく無関心だった。あの時に戻れたらな。
 その時ふと思い出す。
「そういえば、彼女・・・・・・なんて言ったけ」
 思い出せない。
 どうして? 
 あんなに親しかったじゃない。
 でも名前が思い出せない。
 ……否、ずっと思い出そうとしなかった。
 なんで? 
 今になって?
 判らない。
 でも何かが抜け落ちている感じ。
 まるで宮島と去った時に感じた感触。
 そんな、偶然でしょう。第一あたしはあんな女知らないし。
 だけど、確かに、似ていた。

 その時あたしは押し入れの中を探ると奥に見慣れない段ボールを発見した。
 いつのまにこんなのいれたっけ? 
 こんな段ボールを押し入れに入れた記憶なんて、ないのに。
 ……ああ思い出せない!!
 でもこの中に何かを置いていった気がした。
 だからあたしはその段ボールを取り出しあさり始めた。
 その何かを見つけるために。


 探索して数十分後。
 段ボールの奥から一枚の写真を見つけた。
 そこにはあたしの周りに数人の人間が取り囲んだものであった。
 その時あたしは目を丸くした。

 そう、忘れていたのだ。
 それは高校三年の夏前、受験資金の為にバイトをしていたころの写真。
 裏を見ると当時のあたしが殴り書きをしていたらしく、それを見て確信となった。

「『詩音達と『エンジェルモート』で』……これ、て」

 写真には級友、園崎詩音の姿があった。
 それは同時にあたしが忘れてたものを思い出した瞬間だった。

 
                         ■


 あたしにとって雛見沢とは知っているだけの場所であり、数年間続いていた雛見沢のダム戦争も余り関心はなかった。
 ただ身近で事件が起きているだけ。自分は決して出演者ではなく傍観者として静観するタイプ、常に客観的な態度で接してきた。けどあたしは出演者と確かに会っていた。それが園崎詩音。
 興宮の高校で同級生、クラスメイト。彼女は昭和57年の夏頃編入し、雛見沢で有名な御三家でもっとも影響力のある園崎家の娘だと後で知る。
 昭和五十八年五月初旬。当時あたしは朝一で学校に登校するのが習慣だった。
 その最たる理由は受験勉強である。
 父はリストラされ、無職になり飲んだ暮れに成り下がって母やあたしに暴行を働かし、ゆえにそんな家庭環境で勉強できるはずがなかった。
 だから朝一に誰もいない教室で勉強をする。この日もそうなるはずだった。
 だが教室に行くと普段見慣れない人影が見えた。
 流動的な髪を机に突っ伏している女子高生の姿。
 息を呑んだ。
 だってそこに、園崎詩音がいたのだから。

「いつまでそんなとこ、立ってるのです?」
 視線が合い、詩音が訝しげに話しかけてきた。
「え?」
「『えっ?』じゃないですよ。人のことを凝視している暇があるんならさっさと教室に入らないのですか」
 詩音とあたしの席は隣の列で斜め前の位置にあり、逡巡しながら席に着いた。

「ねえ」
 詩音が背後から声を掛けてきた。
「貴女ていつもこんな朝早くに学校来てるのですか」
 あたしは振り返った。「うん。家にいるよりも学校の方が勉強はかどるから」
「へぇ~そりゃ難儀ですこと。くっくっくっ」
 詩音は笑った。
 初めて見た。
 園崎詩音という少女のあどけない笑顔を。
「でも貴女だって普段学校サボっているのに成績いいの。なんか秘密の勉強法でもあるわけ?」
 詩音はさあと言いながら苦笑。
「ど~でしょうかね。ま、貴女がマイフレンドになってくれたら伝授します」
「マ、マイフレンドて」
 思わず言い直してしまった。
 普段受験勉強に勤しんで友人が全くいないあたしと友達になんでなりたいの? 
 理解できない。
 当時のあたしは進学をすることは根暗な人間というレッテルが貼られ、好んで友人になることは冷ややかな目で見られたのだから。
「吃驚することですか? 見るからに真面目ちゃんで友達いなそうでしょう? そういう子を見るとなんだか壊したくなってくるのです」
「壊す、て何を?」
「くくく、決まっているじゃないですかぁ。その清楚で純朴なイメージを蹂躙して、払拭し、皮を剥ぎたいのです」
 詩音はさらりと酷いことをいった。
 確かに当時のあたしの外見は三つ編みに眼鏡と真面目、文学少女の体であった。
 でも怒るよりもあっけに執られてしまった。
 今までこれ程まで蔑ろにされることはなく逆にそれがまた小気味よくて、いつの間にか口元を歪めていた。
「――じゃあ、あたしの本性をどこまで引き摺りだせるか期待しているよ、園崎詩音」
「ええ、こちらも期待に添えるよう頑張ります、吉田稔莉」
 あたし達は笑い合った。途端「あ」と気づく詩音の声が教室に響く。
 怪訝しながら詩音の顔を見るとこほんと小さく咳払いしてから明るい口調で言った。
「でわ遅ればせながらろろ~ん! マイフレンド」 
 
          
 それ以降あたしと詩音との関係が始まった。
 だがハッキリ言ってその関係は端から見たら友人と思えるのか疑問。
 それはいつも売り言葉に買い言葉の会話で常に一触即発の雰囲気を漂わせていたから。
 例えば、

『稔莉ってとにかく真面目キャラですよね。前髪なんかビシッと整えて、これでもかってくらい黒縁眼鏡だし』
『じゃあ詩音はお嬢様でしょ。それにドジッ娘属性で可愛い顔して女狐だし。さらに双子キャラだしね』
『そんなこと今更言わなくても誰もが見解済みです。一体何が言いたいのですか?』
『別に。ただ双子キャラて勿論あるんでしょ。本格推理小説お馴染みの入れ替わりトリックが。もしかしら今ここにいるのも双子の姉だったりしてね』
『ちょっ、貴女、なぜそんなこと言うのです?』
『あらら。雛見沢の御三家の長の娘とあろう者がこのぐらいで狼狽えて情けない』
『くっくっくっ。それは園崎家を敵に回す発言としていいわけですね』
『勿論。ただし暴力や他力本願であたしを滅するのならお生憎様だよ。止めるのなら腸を掻き毟るような蛮行をしなきゃ!』
『ならば相打ち覚悟で貴女を駆逐しなきゃいけんませんね。いいでしょう、これまでの屈辱を精算するためにその戯れ付き合ってやります!』

 ・・・・・・こんな感じの会話を毎回していたので今思うとかなり危なっかしい会話であった。
 園崎家はこの興宮でも行政に権力があり、こんなやりとりを来ている教師、見ず知らずのクラスメイトに再三詩音に陳謝しろと言われた。
 でもなんで謝らなければいけないのだろう。
 あたし達はそれを楽しんでいたはずだけなのに。
 詩音も高飛車で挑発的な発言をしてあたしと口論するのが楽しかったのだと思う。
 それはお互い素直になれず口論してしまうことの裏返しであった。
 詩音は今迄園崎という家柄から敬遠されていたし同級生も気遣っていることはひしひしと感じていたし、彼女自身それは仕方ないことだと思っていた。
 けどあたしは詩音のありのままを受け入れた。
 しかし傍観者には違いない。
 園崎の家に遊びに行ったこともなければ、詩音と共に興宮の街をぶらつくことはなかった。
 詩音は干渉しない代わりにあたしに対しても干渉しない、そういう均衡をあたし達は持っていた。
 だから詩音が雛見沢に行くことは知っていてもふうんと受け流していた。
 何度か雛見沢の分校に一緒に行こうと誘われたことがあったけどあたしはあくまで静観していた。
 なのに詩音はお節介というかなんというか不登校の時に約20%の割合で家に電話してくることがたびたびあり、雛見沢の分校で姉の園崎魅音や竜宮レナという少女、古手梨花、北条沙都子という少女のことを楽しく話していた。

 六月に入ると詩音の双子の魅音が骨抜きになっている転校生、前原圭一の名前がよく会話の中に登場した。
 でも詩音自身熱の入った説明をしているのでまんざらでもないのではなかったのかな。
 そう思うとなんだか微笑ましい。

 彼らは何度か『エンジェルモート』に来たことがあるらしい。当時あたしは詩音に頼んで大学の受験費をバイトが稼ぐために『エンジェルモート』で働いていたが彼等が、前原圭一等が来る時いつも模試なり別のバイトが重なって直に会ったことは一度もなかった。
 そういう時に限って詩音が電話口で「ぜひ会わせたかったです」と重々言っていた。
 詩音としては自慢がしたかったのだろう、興宮の数少ない友人として。
 それが原因なのかある日詩音はバイト終わりに写真撮影をしようといいだしたてきた。
『エンジェルモート』の衣装は紫を一身させながも当時としてはかなり露出的な制服であった。
 いくら金になるといってもこの制服を着るときにかなりの抵抗があった。
 その最大の理由は詩音みたいなスタイルが良くないコンプレックスだった。
 それと当時のあたしはかなりの恥ずかしがり屋だった。
 今もあんまり変わらないけど当時は肩まで露出する服装を着るだけで顔から火が出そうなくらいだったのだ。だから写真撮影にも苦労したことは言うまでもない。
 詩音は魅音とかを呼んで大々的にやろうとしたがあたしが脅迫とも取れる要望で却下した、つもりがドッキリを噛まされて魅音達と邂逅させられたのだ。詩音から話を聞いていたが、とても愉快な人達だったのを覚えている。
 いや、かなり個性的な人たちだった。
 後にも先にもこれが高校最高の思い出。
 それから数週間後『綿流し』が行われ、一ヶ月も立たない内に詩音は学校に本格的に来なくなった。


 六月二十二日、それは起こった――――――雛見沢大災害。
 そして、園崎詩音は昭和五十八年八月二十七日、屋上から飛び降り自殺をした。




「・・・・・・いけない、あたし眠っちゃったのかな」
 稔莉は周りを見渡すと先程まで茜色の空から一変、鴉のような闇に変化していた。
 詩音との思い出に耽っているうちに熟睡していた。呆然となる。なぜ今まで園崎詩音のことを忘れていたのか。どうして押し入れの中に記憶を封じ込めたのか。
 部屋から出てリビングに行くといつまで寝ているのといいながらも嬉しそうな綾の姿があった。
「ねえ、お母さん」
「ん。どうしたの、そんな改まって」
「園崎詩音、知っているでしょ」
「ひっ」
 綾は動揺した。
「な、いきなり何を言っているの、この子は。そ、そりゃ興宮の市長だし園崎家と言ったら鹿骨市に住んでいる者だったら誰だって知ってて当然でしょ」
「あたしは園崎家なんて言っていない、園崎詩音という一個人について尋ねているの」
 綾はよそよそしくなり稔莉の顔を窺ってきた。
「あ、うん。詩音ちゃんね、もちろん知っているわよ。だってほら、あんた達一緒のクラスだったんだしね。それがどうかしたの」
「どうかしたのじゃないよっ!」
 稔莉は怒鳴った。
「園崎詩音と一緒に取った写真、見つけたの。なんで押し入れに写真があったの?」
「それ、てどういうこと。ごめんなさい。稔莉の言っていること、お母さんわからない。貴女詩音ちゃんと友達だったの?」
「う、うん。そうだよ」
「じゃあ、なんで今まで忘れていたの?」
「――そんなの知らない。知るわけがないじゃない。だって忘れていたんだから。でもねお母さん、言っていることヘンだよ。だって・・・・・・」
「疲れが溜まってヘンなことを口走ったのね。今日はもう寝なさい」
「ねえ、お母さん」
 稔莉は呟いた。
「その、ずっと気になっていたけど、お父さん、どうしたの?」

 それは遅すぎた質問であった。
 事実父のぞんざいな姿はこの部屋にはいない。
 いや、そもそも雛見沢大災害以降父の姿を見ただろうか……。
「お父さん?」
 そう言うと母はうっすらと口元を歪ませた。
「今頃何言っているの。死んだわよ。オヤシロ様の祟りにあってね」
「お、オヤシロ様?」
 綾はリビングに飾ってある神棚を見た。
「そうよ。オヤシロ様の祟りにあって死んだの。稔莉も知っているでしょ? 雛見沢大災害のこと。あの人は災害にあって死んだの。あっはははは、おっかしい! だから罰があたったのよ。オヤシロ様の祟りがっ!」
 嬉しそうに喋り死人をゴミとも同等のような扱いをしていた綾の豹変に稔莉は困惑した。
「あ、えと、お母さん。あたし部屋に戻るから」
 居間から離れようと居間を後にしようとし踵を返した。
 瞬間。
「稔莉ぃいいいい――――!」
 母は後ろから肩を強引に掴んだ。
 か細い腕に力が籠もりみしみしと音を上げる。
「きゃ!!」
 突然の行動に稔莉は悲鳴を上げた。肩が異様に痛い。
 稔莉は振り返り綾を見ると目に焦点が定まっておらずにやりと不気味な表情をしていた。
「稔莉も明日からオヤシロ様のことを崇めなさい。東京ではよかったかもしれなかったかもしれないけど興宮に戻ってきたらオヤシロ様のことは絶対なの。そうしないと生け贄になっちゃう! オヤシロ様のことを疑ってはいけない。オヤシロ様は神なの。だから稔莉も――」
「やめてよお母さん!」
 稔莉は強引に掴んでいる母の手を振り払った。
 項垂れた母の姿に一瞥し自分の部屋に逃げるようにして走り、扉を閉め凭れながら息を整えた。


                        ■


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・一体なんなのよ、オヤシロ様て」
 オヤシロ様の祟りについては熟知しているつもりだ。千九百八十三年の六月中旬頃、当時雛見沢で『綿流し』という行事が行われていた。綿流しとはワタ(腸)を詰まった人間を祭壇に祭り、祭具(確かここで言う祭具は解体道具や調理器具のことだった気がする)で引き裂いてワタ(腸)を引きずり出し、それを村全員で引きちぎって沢に流すという由来の行事だったがあたしはただ寒さをしのぐために使ってきた布団やどてら(主にそこに詰まっているワタ)を供養し古手神社の巫女による奉納演舞を捧げた後そのワタを沢に流す行事だと詩音に聞かされるまでそう思っていた。
 綿流しに行ったことは勿論なかったが詩音に必要以上に行こう行こうと電話口で急かされたことを覚えている。そして綿流し後不可解な怪死事件と同時にひとりが必ず行方不明になる事件が昭和五十三年のダム工場長のバラバラ殺人を皮切りに五年連続して起き前者を『雛見沢連続怪死事件』、後者を神隠しに近い意味で鬼の所縁が深い雛見沢では『鬼隠し』と呼び、それらを総称して『オヤシロ様の祟り』と銘々され、その最である昭和五十八年六月二十一日から二十に日の朝方に起こった『雛見沢大災害』は雛見沢にある鬼ヶ淵沼から突如吹き出した火山性ガスにより深夜の村に丸ごと飲み込み雛見沢という村を一夜にして滅ぼしたのだ。その後それに連呼するかのように雛見沢出身の住人がオヤシロ様の祟りとして暴徒化、また過剰なマスコミ報道により死者が続出。雛見沢症候群、雛見沢シンドロームとしてバッシングされ今では雛見沢住人はその身を決して語ろうとしないらしい。被害は甚大なもので当時この興宮でも狂気乱舞の人が続出していた。あたしはその光景を避難場所でまざまざと目撃していた。
「でも、それはもう二十年以上前のことじゃない。オヤシロ様の信仰……の平成の世に?」
 今まであたしが園崎詩音の記憶を欠如していたのにも関係があるのだろうか。
 莫迦らしい。
 安直もいいとろだ。
 視線を外に向けると微頭微尾昏々たる闇夜が世界を覆っていた。
 あたしは言いようのない不安に駆られ布団をしくと頭からかぶるようにして眠るよう努めた。

   
                        ■


 夕暮れ。茜色の着色の中。ひぐらしの鳴く音の中、学び屋らしき臭いの場所で話し声が聞こえてきた。
「み~、このコは迷い猫なのですか?」
「あぅあぅあぅあぅ、そんなこと僕に降らないでほしいです」
「確かに。でもおじさん達だってわかんないことは多いんだから。まあ、この世界にいるべきじゃないとは思うけどさ」
「そりゃそうだろ。でなかったら俺たちの方がヘンだからな」
「私も魅音さんの言う通りだと思いますわよ」
「わわわ、なんでみんな冷たいんだろ、だろ?」
 話し声が聞こえてくる。女の子は五人、男の子は一人だと……思う。
「でも驚きました。なんでまたこいつと再会しなくちゃいけないんでしょう。どうも私は不幸の星の元で生まれた宿命みたいです」
「くくく、だったらおじさん達は地獄行きかな」
「はぅ~赤鬼さん、青鬼さん、かぁいいよ~お持ち帰りぃい! 邪魔したら圭一くん達でも赦さないんだからね~」
「げ、レナがかぁいいモードだ!! 詩音、魅音、早く梨花ちゃんと沙都子の陰に隠れろ! て二人とももう隠れやがった!!」
「へっへ~ん。圭ちゃんだけでレナパン喰らいやがれってんだ!」
「そういうことなので、ごめんなさい圭ちゃん」
 どんと鈍い快音が鳴り響く。
「俺たちに不可侵条約はないのかよ!!」
「ほっほっほっほ! 圭一さん如きは情けない姿しか晒すことしかできませんわよ」
「言ったな、沙都子! 今に痛い目に遭わせてやるぜぇえええ!」
「いぃやぁあああ~~! 圭一さんのふけつ~!!」
「圭一くんっ! 沙都子ちゃんのことを虐めたら駄目なんだよ! れ、レナがお持ち帰りするんだからぁあああ!」
 再度鳴り響く快音。
「圭一、かわいそ、かわいそなのです。頭を撫でてあげますです、にぱ~☆」
「僕もあぅあぅさせていだだくのですよ」
「そんな同情いらねぇええ!」
 これは、何?
「ん? ああ。気づいたんだ。ここはね貴女は決してシンクロしちゃ行けない場所なの。それがいくら夢の中であってもね。だから私達は二度と貴女の夢の中には現れないし来れない」
「そうだよ。生きている人がいつまでも死んだ世界に拘っちゃいけないよ。貴女は貴女の世界で生きてほしいな、ほしいな」
「俺たちはな彷徨っているんだ。決して見えない迷路のゴールを目指してな」
 ゴールて何?
「ゴールとはボク達の未来のことなのです。誰も傷つかない世界。それがボク達のゴールなのです」
 誰も傷つかない世界?
「みんなが仲良く暮らして昭和五十八年の世界から超えることなのです。冬には炬燵に寝転がってニャーニャー言いながら麻雀を打てることなのです。にぱ~☆」
「あぅあぅあぅあぅっ。梨花、そんな年不相応なことは言っては駄目なのですよ。子供なのですからもっと健全なことをしますのです」
「貴女にワインの晩酌を規制する理由がどこにあるというの? 件のくせに」
「あうあうあうあう、それは屁理屈なのですよ!! 第一僕は件じゃありませんのです!!」
「煩わしいわよ!!」
 ……この世界、もしかして。
「うん。こういう形でしか再会できなかったです。でも私やみんなのこと忘れないでくださいね」


 ――詩音っ!



 あたしは目蓋を開き、ゆっくりと上半身を起き上げる。外は暗闇が払拭され雀の鳴き声が聞こえる清々しい蒼が空を塗り替えた。

 ・・・・・・なんだったの、あれは。
 頭を左右に振る。意識は朦朧として曖昧。
 だがしっかりと記憶に残っていた。夢の中、あたしは園崎詩音と再会した。
 深く息を呑む。彼女はあたしに何を伝えようとしたのだろう。
 あたしは布団に顔を埋めた。
 いつの間にか目から涙が溢れ出した。
 なぜ涙が出るのかわからない。
 でも泣かずにはいられなかった。
 今まで欠如していた懐かしさ、喪失した寂しさ。
 落ちた雫は布団に滲んだ。
 悔しい。
 何がどうなっているのか。知りたい。
 あたしが一体何を失ったのか。
 雛見沢についての謎について。
 なぜ彼等が死ななくてはいけなかったのか。
 雛見沢という舞台でなぜ演者はエキストラを含め全員死ななくてはいけなかったのか。
 下唇を強く噛みしめた。
 
 そして決意した。この事件を、究明することを。  


 夏を予感させるようにあたりにはひぐらしの鳴く音が聞くことが多くなってきた。
 雛見沢のことを調べて早一週間が立とうとしたが成果は芳しくなかった。
 デマともとれるニュースや当時の行き過ぎた報道のせいでどこから真実でどこまでが虚構なのかその差し加減すら曖昧で加えてもうすぐで大災害後二十二年が立つが未だ警戒解除の封は切られてなく情報が複雑化し、もはや雛見沢は一種の都市伝説と化していた。
 オヤシロ様の名は全国、世界に飛び火。誰もが知る名前になったがオヤシロ様を蔑ろにする輩は一人も出てきていない。
 そのためかオヤシロ様及び雛見沢連続殺人事件関連の大半の文献はタブーとして処分され、困難を極めていた。
 あたしは興宮市立図書館近くに備え付けのベンチに座り溜息を漏らしながら空を仰ぐ。
 何やっているんだろう、あたし。
 ここまで固執する必要あるのかな。
 まるで夢を追っているみたいに無駄な行為に思えてきた……ううん。こんなことでめげちゃ駄目だ。まだ始まったばかりなんだから。
 首を左右に振り不安を払拭させた刹那。
「ねえ」
 横から声が聞こえた。
 声の主に聞き覚えがあり顔を見た瞬間唖然となった。
「ふふふ。また、会いしましたわね」
 それは、宮島が唇を歪ませながら愉快そうな仕草でそこにいたのだから。





 彼女は興宮県立図書館の司書として働いているらしく数日前から図書館で稔莉の姿を見て、もしかしたらと思い声をかけたのだった。
それならもっと早く声をかけてくれればよかったのにと稔莉が言うと宮島は「私は人見知りだから」と言い訳をした。
 なら電車の中の時はどうしてあんなに馴れ馴れしく声をかけたのだろう。
 そんな素振りはなかったはずなのに。
 稔莉がそう思っていると宮島が口を開いた。
「それにしても貴女が雛見沢のことについて調べているなんて吃驚ですわ」
「そんなに驚くことですか」
「ええ、現在雛見沢のことを調べることは禁忌として敬遠されていますからね。ねえ、私でよかったら協力できないかしら」
「いいんですか。そんなことをしたら貴女まで危険な目に遭わすかもしれないのに」
 稔莉は声を詰まらし顔を逸らすと宮島はくすくすと笑った。
「そんなことを気にしているの。私だって前から雛見沢については興味がありましたし、一人よりも二人の方が効率的ではありません? それに私は司書ですから雛見沢の関連事件を明確に調べることは可能ですし、実は私の妹は刑事ですからより明確な情報を得られます」
 それって情報漏洩ではないだろうかと稔莉が訊くと宮島は悪用しなければ関係ない話ですと答えた。
 他人を巻き込んでいいのだろうかと思ったが情報は欲しいと思ったし、宮島の言う通り一人では限界があった。
 稔莉は「じゃあ、これからよろしくお願いします」と承諾すると宮島は満面な笑顔を浮かべた。 

 稔莉は宮島にいままで調べた経緯を説明し明日図書館でと約束をして別れると時刻は七時を過ぎ外はすっかり夜になった。
 だが稔莉は家に帰宅する時足取りは重かった。
 それは綾の様子が日に日におかしくなったからである。
 最初に雛見沢を調べた当日、帰ると外に大段幕、魔除けの札、蝋燭、耳成法一が体中に結界を敷き詰めたような字の乱雑がドアや窓に書かれていた。
 そして綾は一層オヤシロ様に陶酔していた。
 その様はとても気味が悪かった。
 またそれに呼応して仕事をしていたスーパーのパートに行かなくなり、家で引き籠もるようになった。
 毎日説得するも彼女は聞く耳持たずであった。
 そのためかいつも鍵を閉めて周りと関係を遮断していた。

 稔莉はゆっくりと家の周りを見渡し、胸を撫で下ろした。
 今日は変なものは書かったから。
 稔莉はただいま~と言いながら蝶番を回すが鍵がかっていた。
 はあと嘆息を吐いた。
 合い鍵でドアを開けると部屋はカーテンで敷き詰められ電気も付けず闇が覆った。
「お母さん?」
 綾は出てこない。
 電気を付ける。
 玄関に朱で書かれた英文。蝋燭。黒魔術に信仰している信者のような佇まい。



 ぺた。

 
 その時稔莉はびくっとなり背後を見る。
 しかしそこには誰もいない。
 だがそれは稔莉 にとって初めての経験ではなかった。
 丁度詩音達の夢を見てからその音は聞こえるようになった。

 ――ぺた、と水で濡れた足音。

 怖かった。早く母と会いたかった。なぜ、こんなことが起きているの? 
 稔莉は気づくと足早に居間まで駆けた。
 程なくして到着した刹那。

「え――こ、れ」

 始めは部屋が暗くそこに何かあるしかわからなかったが部屋の電気を付け、はっきりとそれが眼孔に入ると、



「いやぁぁあああ!!!」



 悲鳴を上げた。隣人にも聞こえるくらい大きな声で。

 恥や外聞はなかった。


 そこには綾が喉を掻き毟って変わり果てた姿で変死していたのだから。


 苦痛にも笑みとも取れるその表情はなんともコメントしがたいものだった。

「何、これ?」 

 その時ごとりと音が聞こえた。
 びくっと体を矮小させ緩慢しながら稔莉はその方向を見ると神棚が倒れ、そこには腐敗していた頭蓋骨が転がっていた。
 



「おはよう」

 宮島は陽気な口調で挨拶し、稔莉もおはようと言いながら虚ろな目で手を挙げた。
 あの後稔莉は警察に連絡しこれまでの経緯と事情聴取を永遠繰り返され三日後の今朝方、身元引受人として宮島に来てもらった。
 ちなみに電話番号は宮島から昨日のうちに教えてもらった。
 それなら駅前の時にしとけば良かったのにと稔莉が言うと宮島は「私、人見知りだから」と言い訳を再び炸裂させた。
「ご飯、食べてないでしょう? これから軽食しましょう」
 宮島は明るい口調で言った。
 稔莉はうんと頷く。
 連れた場所は近くのファミリーレストランだった。
 中に入ると稔莉は目を見張り、宮島はそんな彼女の仕草を愉快そうに見ている。
「ここのウェイトレスの衣装、とてもファンシーで可愛いでしょ?」
 稔莉はそうですねと生返事で応えたがその服装にデジャブを感じた。
 胸のラインまで露出し能動的な衣装はどことなく『エンジェルモート』のコスチュームと似ていたからだ。
 席に座ると稔莉はオレンジジュースを宮島はコーヒーを頼んだ。
「で、一体何がどうなったのかしら? まあ新聞や妹の話で大まかのことは知っているけどね」
 そう言って宮島はにやりと微笑した。
 興宮日報や全国紙で一面となった綾の死は『雛見沢の祟りはまだ残っていた!』や『恐怖っ! オヤシロ様はまだ我々を祟っている』としたテレビの特番が組まれ、どこかの週刊誌は部屋の外観、特に数日前の奇行した写真を掲載し雛見沢の人間として扱われ稔莉のことを犯人として決めつけるという加熱した報道がされた。
「報道は昔から変わってないわね。これじゃ雛見沢症候群の二の舞じゃない」
「……てない」
 稔莉は俯きながら反芻する。
「あたしは……殺してない。お母さんのこと、殺してないのに、なんでここまで誹謗中傷されなきゃいけないの?」
 稔莉の目は虚ろになりながら体を震わせていた。
 事実事情聴取の際も二言目にはお前がやったんだろう、自白をしろと脅迫が永遠と繰り返された。
 それは犯行現場が完全な密室で母以外誰の指紋も採取されなかった。
 稔莉を除いて。
 だがその果て亡き攻防に終止符を打ったのは女性の刑事がこれ以上追求しても何も出てこないと踏み、釈放に至ったわけである。
「それしても、困ったものね。この世界の住人は」
 宮島は稔莉を凝視。
「雛見沢がらみの事件をまるで待っていたかのよう。そう、一種の黒人差別、部落差別と一緒ねこれは。まるでストレスの捌け口がオヤシロ様という受容した名称により爆発したみたいな感じかしら」
「でも、あたしはただ雛見沢のことを調べていただけなのに。お母さんはなんであんな死に方して、それにあの骸骨……」
 稔莉はそこで言葉を濁した。
 骸骨は部屋から見つかった頭蓋骨で身元を調べた結果、雛見沢大災害以降行方不明になった稔莉の父であった。
 後に家宅捜索したところ箪笥の奥から骨らしきものを多数発見。
 警察が調べた結果綾は稔莉の父を殺し遺体を燃やて白骨化してから隠蔽。
 その一部、すでに腐敗していた頭蓋骨を神棚の中に結納されていたという。
「でも貴女のお母さんの死に様、まるで富竹さんみたいね」
「…………誰です?」
「だから、富竹ジロウさんみたいに喉を掻き毟って死んでいた。覚えていないかしら。雛雛見沢大災害以降明らかになった」
 ――そういえば、と稔莉は雛見沢関連で調べていた資料で『ひぐらしのなく頃に』という本を読んだときにその名前が登場したのを思い出した。
「雛見沢大災害前に起きた五年目の雛見沢連続怪死事件で被害者、富竹ジロウ。また同日岐阜県の山中にてドラム缶の中で焼死体で見つかった彼の恋人、鷹野三四。また富竹ジロウの遺体からは大量の高濃度のインスリンが検出されたらく、これは正常の人が大量に投与すると副作用で死に至る可能性があるわけ。ほら、これって稔莉のお母さんと似ているでしょ」
「……よくもまぁ調べましたね。そんなこと私が調べた本には何も書いてありませんでしたよ」
「稔莉が警察で捕まっている時に図書館を調べたらそういう資料があったの。書庫の戸棚に所狭しに、まるで隠蔽しているみたいにね。そこに『雛見沢連続怪死事件』の資料があって、読んでいるしているうちに似ているなと思って。あ、それと面白い文献を見つけたの」
 宮島は鞄の中から何冊かの古ぼけたファイルを手に取り稔莉に渡した。
「誰がそう呼び始めたのかわからないけど、このファイルのことを34号文書というらしいの。これがオヤシロ様は実は宇宙人説であったり、御三家である園崎家は実は鬼の末裔で戦後人間缶詰があったとか、はたまた雛見沢の人間はマインドコントロールされているだとか実に興味深いから読んで損はないはずよ」
 宮島は笑顔で楽しそうな表情だった。
 それを見て稔莉は悪寒がした。
 人が生死に関わっている問題なのにこうも笑みを浮かべながら理路整然と話している宮島の様に。

 その時、稔莉の目の前に黒ずくめのスーツを身に纏い、サングラスをかけたもみ上げから伸びた髭が特徴的な初老ながらもみるからに暴力団風の男性だった。
「あの、ちょっとお尋ねしますが吉田稔莉さんですか?」
 男は稔莉の方を見ながら訊く。
 はいと男の行動を伺いながら稔莉は頷く。
 すると宮島がぎろりと睨みを効かせながら口を挟んできた。
「ちょっと、ゲスな報道関係の人かしら? 彼女は今ナーバスになっているし、物的証拠もないのに犯人扱いすると後が怖いわよ?」
 宮島の姿勢は暴力団に決して怯まない勇敢な立ち振る舞いだった。
 男はいえいえと両手を振りながらサングラス越しでよく見れなかったが焦った表情を浮かべ、あきらかに狼狽していた。
「私は吉田さんをそのゲスな報道関係の人から護る為から護る為に来たものです。自己紹介が遅れまして申し訳ありません。葛西といいます」
「……葛西さん?」
 稔莉は訳がわからなかった。
 なぜ葛西という男が護りにくるのかが。
 葛西はうっすらと笑みを零したかのような表情をした。
「どうやら、貴女に間違いないようですね。さ、表で車を待たせてあるので詳しいことは車中にてご説明します。宮島さんも失礼だとはごさいますがご同行願いますか」
「どこに連れていくんですか?」
 稔莉が怪訝な表情を浮かべて葛西の顔を凝視した。葛西は圧力に負けたかのように大きく溜息を吐いた。
「姐さん……いえ園崎茜社長がお待ちしています」


 数時間後車が駐車場に止り、連れてこられた場所は鹿骨市のある割烹であった。
 そこは稔莉が生まれて一度も来たことがない場所であり、ただただ溜息を漏らすしかなかった。
 葛西は先頭を歩き先導しながら歩を進めて客室まで行くと向きを変えてこちらですと促した。
 中から女性らしき声が聞こえてきた。
 襖を開けた先にはコを描くようにお膳が並びその上座に黒い着物を纏った宮島よりも年上だと思うが一向に皺が見えない綺麗な女性が正座をしていた。
「ようこそいらっしゃいました。はるばるのお越し感謝いたします」
「やめてください、そんな丁寧な挨拶は結構です」
「……そうかい? 初対面でこの私に臆しないとはね」
 女性は突然不躾な口調を変えるも稔莉は「そんなことないです、過大評価のし過ぎですよ」と笑顔で応えた。
 女性こそ園崎茜その人であった。
 園崎家といえば雛見沢御三家の中でもっとも権力のある一族である。
 だが現在彼女は園崎興業株式会社の社長であるが園崎家の頭領としての資格はない。
 本来ならば娘の園崎魅音が時期頭首として勤めるはずだったのだが、先の『雛見沢大災害』により死亡し以来頭領代行を勤めていた。
「気に入ったよ。肝も据わっているみたいだしね。職がないんだったら是非ウチの会社にこないかい?」
 稔莉は微笑を浮かべて考えておきますと応えた。
 茜はそうかいと言いながら嬉しそうな顔をした。どうやら稔莉のことを偉く気に入った様子だった。
 閑話休題稔莉は口を開く。
「なぜあたしを護ろうとしたんです? 確かに今のあたしは報道陣の格好の的です。前菜みたいなものでしょう。でもあたしは興宮出身で雛見沢の団結した誓いなんてものはありません……もしかして詩音の友人だったからという恩威からの御行為なんですか? 園崎家なら詩音が生前あたしと多少なりとも交流があったことを調べることは容易いと思いますし」」
 茜は違うよと言いながら瞳を下ろした。
「……確かにそれもあるけどさ。でも一番は無関係な人間を変な誤解で囃し立てて、世間がそれを愚弄し続ける行為は許せなかったのさ。雛見沢とか興宮とか関係ない。ただ困っている者を救いたかった、それだけじゃ納得いかないかい?」
「いいえ。その寛大な配慮を有り難く承りたく思います」
「さて、辛気くさい話はこれぐらいしにてひとまず一杯付き合ってもらえないかい? もちろん拒否はできないけどさ」
「……さすが詩音のお母さんですね」
 茜はにたりと殊勝した微笑を浮かべた。

 それから二人は酒を飲みはじめて数時間後、稔莉は仰向けになりながら天井を仰いでいた。
 宮島は酒を飲まずにその場から立ち去り職場である県立図書館に行った。
 去り際宮島は話したいことがあるから閉館後でもいいから資料室に訪ねてきてと言葉を残した。
 だが稔莉は酩酊しているハズなのに素面だった。

 ほどよい頃に茜から一冊のノートが渡されたからだ。

 これは生前詩音が残したノートだったという。
 死ぬ前の晩に興宮署の捜査一課大石倉人宛に送られたものらしいが事実は定かではない。
 その大石刑事はこのノートを見ることは無かった。
 同行した熊谷刑事を含め雛見沢大災害の前日に行方不明になったからだ。
 また支離滅裂な内容と余りにも矛盾し過ぎた点が多々ありノートは証拠不十分となり家族の元に返す運びとなったがその内容に母親の茜でさえも動揺が隠せずに以来、公の場に出さなかった。

 ノートの中身は実に残酷なものだった。

 園崎詩音は叔母である園崎お魎や村長公由喜一郎。姉、園崎魅音、同級生の竜宮礼奈、北条沙都子を殺した経緯の殺人ノートだったのだ。
 稔莉は動揺する。
 ありえなかった。
 認めたくなかった。
 詩音が殺人を犯すことを。
 ページの進む手を稔莉は止めなかった。
 時間を掛けて数時間後、全部読み終えて稔莉は茜の顔を見た。
 涙がでそうになった。
 唇を強く噛みしめる。
 情けなかった。
 自分達の関係が矮小だったことを。
 勿論当時はベストな付き合い方だと稔莉は思っていた。
 だけど。
 ノートの締めくくりに『生まれてきて、ごめんなさい』とあった。

「嘘だっ!!! こんなノート、嘘に決まっているっ!!! なぜこのノートを支離滅裂の文体と片づけるの? なぜ、彼女のことを狂気の沙汰を見失った快楽犯と言い切るの? あたしなら分かる。このノートは、ずっと、いつまでも、まだまだ、生きたいと――諦観と悔悟を込めた書き方なんてしていない!! 詩音はノートに綴られた想い人、北条悟史と一緒に生きたかっただけなのに、生きたかっただけなのに……っ!!!!」

 そう絶叫する稔莉になだめるようにしながら抱きしめる茜の姿があった。
「茜さん。なぜこれをあたしに?」
「貴女は詩音の友人だったから。それになんだかんだ言って貴女のこと友人だと喜んでたんだよ」
「そうですか」
「うん、詩音が友人の話を自分からするなんて珍しかったからね」
 稔莉は立ち上がる。
「ん。これからどこにいくのかい」
「ええ……図書館に向かいます」
「貴女……こんな時間から、正気かい?」
「約束しましたから。ただ――いえ、何もありません。それより戻ったらまた連絡しますのでその時は入社の件お願いしまね」
「そうだね。早速だけど私の右腕にもなって貰おうかね。くっくっく」
「はぁ。本当に詩音は茜さん似なんですね。よくわかりましたよ」
「そうかい? でもそういうあんたも詩音そっくりだよ。一緒に酒を飲んでよくわかったよ」
「あたしがですか? それはまたなんて言えばいいのだか返答に困りますね」
「詩音が聞いたら怒りそうな台詞だね」
「大丈夫です。詩音が怒ったらあたしも怒りますから」
「ぷっ……あーはっはっは。そりゃいい!! あんたらおもしろいね!」
「む。そんなに笑わないでください……ではそろそろ失礼します」
「そうかい……残念だね」
「ええ。茜さん、楽しかったです。でも、あたしにはどうしてもやることがありますので」
「止めはしないさ。後悔のないように自分が思ったことをやりな」
「ありがとうございます。『お母さん』」
「……くっくっく。久々にお母さんと言われたよ。あんたなら娘にしてもいいね」
「これはまた詩音が聞いたら青筋立てる発言を」
「違いない」
 そうして稔莉は茜とは暫く笑い合ったあと客室を後にした。

   


 車で送ってもらい図書館についた頃には辺りは暗闇になり電気は消えてとっくに閉館していた。
 だが玄関のドアを押すと宮島がいるのだろう、開いていた。
 電気は消えて図書館の中は闇が包み込んでいた。
 スイッチを押すが何度押しても電気はつかない。

 その時、ぺた、ぺたと水のついた足音がまた稔莉の耳にまとわりついた。

 後ろを見る。誰もいない。まるで見張られているみたいだった。
 ふっと笑みを浮かべてから体を戻して足を進める。
 
 そして稔莉は目標である資料室に到着した。
 その時パチパチパチと手をたたいて拍手する乾いた音が聞こえた。
 稔莉はそこにいるだろう人物に対峙する。

「宮島さん、ですね。貴女がお母さんを殺した犯人です」

 闇は応えない。

「思えば貴女は都合のいいように現れて、ずっとおかしかったんです。おかしいと言えばお母さんの存在自体が変でした。いえ、もっと確実に言うならあたしは雛見沢のことを忘れていた。まるで暗示にかかっていたかのように。そう、あたしはそういう暗示を掛けられたんだと思います。大災害後興宮にカウンセリングを受けたその時に施したんでしょう。あの時の精神状態は誰もが異常でしたからね。気づくはずありません。上京するまでの記憶が曖昧だったのもそれが原因に違いありません。だからあたしはあの家にいる人物を母だと錯覚できたんです。ずっと違和感があったんです。お母さん全然似てなかったし。それで警察が調べてもらった結果あたしの本当の母は父同様大災害後未だ行方不明になっているらしいですね。つまりあの人は全くの別人で、あたしが雛見沢のことを意識し始めたら壊れる暗示でもかかっていたんでしょう。多分あたしと同様の方法でね」

 闇は応えない。

「それと貴女、誰ですか? 今朝会ったでしょう、鹿骨署であたしを釈放させた宮島優花刑事。貴女が言っていた妹の刑事って優花のことですよね。でも生憎彼女とは昔からの知り合いでしてね、優花の姉が貴女でないことは認知済みなのです。それと鹿骨署にいる際貴女の戸籍を調べましたが興宮県立図書館の司書、宮島を証明する記録は一切ありませんでした。また密室の件ですけどハッキリ言って密室でも何でもありません。あれは母が来客を催すように貴女を招き入れて貴女が持ってきた、前に私に説明してくれた富竹さんを殺したというインスリンが多量に入った注射器を自分で投与して、貴女が帰った後母は何事もなく鍵を閉めて、貴女がそこにいた指紋を拭き取り暫く時間がたってから喉を掻き毟ったんだと思います。また事件当日貴女を見た目撃者はいません。なぜ奇行な母に尋ねる貴女のことを誰も目撃者がいないのか。これはつまり貴女達が催眠術なり裏工作をしたと思います。理屈で考えれば無茶苦茶なことでし本格ミステリでもなんでもありませんがあたしの記憶や母の催眠術のことを考えいるとたかだか目撃者がいないくらい分けないですよね、無茶苦茶さん。そうして貴女はあたしに接触し、貴女の目論見通り事は進んだ、そうですよね。勿論ここまでの推理を立証できるものは何もありませんが貴女はアリバイがないんですからどうにでも出来ます。ちなみにここに来る前に優花に連絡を入れましたのでじきに警察が到着します。さあ何か反論はありますか?」

「・・・・・・・・・・・・くすくすくすくすくすくすくすっ!」

 闇は――笑った。
 瞬間敷き詰められたカーテンは一斉に開き、黒ずくめの衣装の今まで宮島と名乗っていた女性の姿があった。
 それは稔莉の知っている彼女とは逸脱していた。

「これはとんだところに名探偵がおられたわね」
「ええ」
 稔莉は頷いた。
「あたし、探偵なんです。折角傷心を癒すために帰郷したのにとんだとばっちりですよ、全く。でなんで貴女程の人が完全犯罪でなく、こんな直ぐに看破できる意図的な犯行をしたのです?」
「なんでて貴女本当にお馬鹿さん。話を変えるけど貴女が帰郷する切っ掛けとなった離婚した夫いたじゃない? あの人、実は私が唆して離婚させたの。そしてこの手で殺した。それだけじゃないわ。貴女の両親も殺したしアパートの目撃者も、一人残さず惨殺させたわ。時期にやってくる貴女のご友人だけど今頃山狗に殺されているころじゃないかしらね? くすくす、貴女の屈辱に喘いで絶望的な表情。実に心地良いわ。これだから人の不幸を見るのはやめられないわね~。なんでここまでするかて言いたそうね。いいわ、特別に教えてあげる。貴女は生け贄として34号文書をこの世界に広めさせるために仕組んだの。雛見沢の警戒解除が解かれる前にオヤシロ様の祟りの風化させないためにね! オヤシロ様を否定する世界なんて赦さない! オヤシロ様を軽視するこの世界をね!」
「じゃああたしは用済みなんですね」
「流石探偵ね。そんな貴女にご褒美よ。『腸流し』と『鬼隠し』どちらに遭いたいかしら? まぁそれにしてもわざわざ死にに来るなんておかしな人ですからね。くすくすくすくす」
「来なくてもどうせあたしのことを殺すのでしょ? 全てを知りすぎたから……でも貴女も可哀想ですね。狂うことでしか支配できない貴女の世界が。選択支なんて欺瞞ですよ――鷹野三四さん」

 瞬間ぱんと軽快な音を響かせた後稔莉はばたりと床に倒れた。

 三四が衣装の袖で隠していたライフルが稔莉の頭を貫通したのだ。
 思考、身体共に完全に停止。
 三四は哄笑しながら稔莉の死体を見下していた。
 空にでている満月はその様をただ照らし続けるだけだった。




 あたしは気づくと学校の教室で惰眠する生徒みたいに机に突っ伏していた。
 瞳を下げるとかつて通っていた制服……これは一体どうゆうこと?
「あ、起きたみたいですね」
 その時、目が点になった。
 紛れもない、園崎詩音の姿がそこにいたのだから。
「こっちに来るな、て折角夢に出て忠告したのに」
 詩音ははあと嘆息。
「つくづく貴女の思考回路は欠如だらけですね、吉田稔莉さん」
「――それは貴女も同じでしょ? 北条悟史君しか眼中にない園崎詩音さん」
 詩音は顔を真っ赤に染めて「な、な、なっ、なぜそれをっ!?」と口籠もって、狼狽えた。
 顔に出やすくてわかりやすい奴。
 形勢を立て直し相変わらずの減らず口ですねと詩音は虚勢を張るがそんな攻撃生温いよ。うふふ。
「……ねえこうして詩音と話をしてるてことは、あたし死んじゃったんだね」
 途端詩音はうんと申し訳なさそうな態度で頭を垂れた。
「もう私達のことは忘れて生きていてもよかったのです。無理に雛見沢を知ろうとしなければ貴女は……」
「詩音。それは違うよ。確かにあたしは無理に雛見沢のころを調べなければ生きていけたと思うけど……でもそれはあたしじゃない。過去に縛られるためじゃない。今を生きるためにやったの。そう、丁度貴女が魅音達にしたようにね。お互い方法はあれだったけど間違ってはいないつもり。それにこうして詩音と再会して嬉しいよ。あたしのやることは全部やったつもり。うん、後悔はないよ」
 そうですかと詩音は微笑を浮かべた。
「やっぱり詩音には人殺しなんて似合わないよ」
 刹那詩音は憂いな表情をした。
「そんなことないです。私は実に短絡的で、嫉妬深くて、脆くて、とても稔莉が思っているような女性じゃありません」
「え、違うの? あたしはてっきり詩音の言ったところが、ぽいと思っていたんだけど」
「はっ? ちょ、貴女という人は本当に人を見る目がないですね! いいでしょう。ならば私のスタンガンで亡きものとしましょう」
「なら素早くお願いしてね」
 そうしてあたし達は笑い合った。
 それは高校時代となんら褪せることがない会話の延長だった。
「稔莉はもう一度戦ってみる気はありますか? 私は貴女のことを待っていたんです……数少ない友人として」
「戦うって魅音達と一緒に? あたしは出演者じゃないですよ」
「いいのです。エキストラあっての出演者ですし、それに貴女が私の傍にいるだけで、とても心強いですから」
「天下の園崎詩音さんにそこまで言われちゃ反論できません。ええ、私でよければお手伝いします」
 詩音は強いですねと言うとあたしは詩音には負けるよと反論した。
「じゃあ、行きましょう。他のみんなが待ってます」
「ちょ、今からなの?」
「そうです。時間はもうあまりありませんから」
「ならしょうがないね」
 あたしは詩音の手をつないで教室から出て行く。
 その時あたしの耳にひぐらしのなく音が聞こえて、思わず笑みを浮かべてしまった。
 詩音は怪訝な顔をしているがあたしはなんでもないと言う。
 そう、それはまるで――こうなることを知っていたかように鳴いていたのだから。


                                                《了》
 

2008/01/20 23:25 | ひぐ大SSCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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