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「forest」

雨が降っていた。
それを見て北条沙都子は憂鬱な気分になった。
千九百八十三年六月。
じめっとした生暖かく夏はまだ幾何か到来してないのに暑い毎日。
ふと沙都子は他のメンバーを眺めると友人の古手梨花も上級生の園崎魅音や竜宮レナ、前原圭一も暑さには敵わない様子だった。
一方担任の知恵留美子はこの暑さでも激辛カレーを事務員の如月一矢と一緒に食する仲だった。二人は相思相愛の仲だが一矢は知恵の恋慕に気づかない様子だった。
端から見ていると知恵が一矢に紅潮しているのが一発で判るのだが当の一矢本人はそれに気づこうとしない。圭一はそれを見て情けないなぁと哀れんだ口調で唾棄しているが当の圭一本人も沙都子が恋慕していることに気づこうとしてない。
まったく、これだから男ってひとは。
そう溜息を吐いた途端、沙都子は翳る。
圭一を見るといつも思い浮かぶのは兄である北条悟史の姿。
悟史が沙都子の前から消えて一年。
兄の幻影は未だ沙都子の心に憑依する。
ざあざあ。
雨が降っていた。


誘いましょう。彼の元へと。
誘いましょう。泡沫の願望を。
沙都子は夢を見ていた。兄の悟史と一緒にいる。何の弊害も何の傷害も何の軋轢もない幸せな二人。
にーにーと一緒は楽しい。
にーにーと離れたくない。
そればかりが沙都子の心を蝕む。昭和五十七年の綿流しの日以降悟史が失踪した。
理由は不明、でも沙都子は自分が悟史に甘えていたから消えてしまったんだと心に楔を打ち込む。
がんがん、と。
だからにーにー。
わたくし、にーにーがいなくても、一人でなんでもやってみますわ。
わたくし、にーにーがいなくても、強くなってみますわ。
でも沙都子はもう一つ、幻影たる心が呟く。
自己満足じゃないかと。
自己肯定でしかないかと。
そして甘美に酔いしれているだけではないかと。
がんがん。
沙都子は楔を打ち込む。
夢の中でも。夢の外でも。

しとしとと雨音。
六月は沙都子にとって敏感な月である。悟史が消えた要因となった綿流しが今年も行われる。
今年は去年以上に盛り上がるだろうと魅音が言った。
沙都子は虚勢を張って圭一やレナに振る舞っているが内心、臆病になっている。そして自分を下々する。
にーにーがいなくなったのに一人だけ楽しむだなんて、と。
お祭りなんて一瞬。それは幻のように儚く、尊い。
沙都子は教室から出ると教務室に行き、一矢と知恵に会いに行った。悟史は失踪する前は文学青年だった。学校内でも本を読む姿が目立っていた。沙都子は悟史の記憶の断片を一つでも共有したくて悟史がどんな本を読んでいたのか気になっていた。
悟史はかつて図書館に頻繁に訪れていては本を漁っていた。
それは沙都子自身目で追っていたことが幾度もあるので判っていた。だが沙都子は本を読むことに抵抗があった。
そもそも活字が羅列になって綴る文章が頭の中でイメージできない。
元来沙都子は身体を動かす方が好きで、動きながら頭を働かすタイプであることは自覚していた。なのでいつもテストではぼろぼろ。
でもにーにーと違ってわたくしは動いている方が好きなので本なんか読まなくてもよろしいのですことよ。をーほっほっほ!
そう沙都子は思っていた。
少なくとも悟史がいなくなる前までは。
悟史がいなくなった途端沙都子は悟史の断片を少しでも読みたくて小説を読むようになった。しかし集中して読むことができず同居人の梨花の方が読むスピードが速い程だった。それになんて書いてあるのか判らない漢字が多数存在した。
それでも読みたいと思い漢字ドリルを日々続けていた。その成果があって現在では小説に出てくる常套漢字についてはある程度読めるようになった。だがそれでも文字を追っていると言った方が早く場面がイメージできなかった。
また悟史が好んでよんでいたのが読んでいたのがルイス・キャロルや夢野久作に代表されるような異端幻想文学が中心となっており、表紙が沙都子にとっては畏怖してしまい、手を付けることができなかった。
それに本を読んでいるところを圭一達に見られると茶化されるのが嫌だった。
梨花やレナさんは本を読んでいても違和感がないと思われますがわたくしや魅音さんが本を読んでいるところなんて。
勝手な先入観がまた沙都子が本離れをする要因の一つでもあった。
もっとにーにーと共有したいのに。
沙都子はそう思わずにはいられなかった。


雨は今日も続く。
梅雨に入ったがじめじめとした暑さは相変わらず続く。からっとした夏が来るまでは直ぐそこだというのに。
沙都子はとにかく梅雨が嫌いだった。なぜこんな中途半端な季節が存在するのですのといつも思う。
はあと溜息を吐くと隣にいた女性が「どうしたのですか?」と訊いてきた。
沙都子はなんでもありませんわと答えると女性は「本当ですかー?」と再度尋ねる。
そうして沙都子は彼女、園崎詩音に狼狽された。

ことの発端は沙都子が興宮の図書館で詩音と邂逅したところから話は始まる。その日沙都子は悟史が暇があれば読んでいたという『魔法使いの夜』を借り行っていた。だがその本は興宮図書館では一冊しかなく貸し借りが頻繁にされており、探し続けて数ヶ月、未だ沙都子と邂逅することはなかった。なんでもその本は出版社から発売されたものではなく自費出版されたもので元来国立図書館ではそういうものは貸し借りは殆どないのだが司書を務めている朝岡日糸が本の内容と版型、装幀、文字組を含めてその本に惚れ込み作者、また他の司書員を説得した経緯がある。
だが一点物であり作者も増刷するつもりはないとのことなのでこの本は多くの人が探し求めているが未だ読了している人が少なく知恵や一矢、圭一の母の藍子でさえ邂逅する機会がなく『魔法使いの夜』という本事態がないのではないのかといわれるぐらいまでになった。
たが貸し出しはしている。
増刷しているものならともかく一点物は一期一会だと沙都子はいつも思う。
本は読みたい人に必ず導かれる、と前に一矢が語っていた。
ならわたくしはにーにーが愛読していた本に出会う資格がないのですこと?
その時沙都子は後ろから肩が叩かれ、振り返ると人差し指でほっぺたを押す詩音の姿があった。
いきなり何事ですのーと激昂する沙都子。だが詩音は「ごめんなさい~」と悪びれた様子のない笑顔で謝った。
これも何かの縁ですといいながら詩音は沙都子と梨花が住む家に泊まりに行くと言い出してきた。沙都子は速攻で断ったが詩音は「なら行きましょう」と聞く耳を持たずに行き、その途中大雨が降ってきて近くにあった停留所に二人して非難していたのであった。
眼下に見えるのは雨に打たれ続ける葉や枝の連鎖。そうして雨は森をしとしとと濡らし地面をぬかるむ場所が多く拡大する。
森の澄んだ独特の匂いと雨音が沙都子の聴覚に訥々と響く。
それを見て詩音は沙都子にくっついてきた。
暑苦しいのですわ~!
沙都子はそう怒鳴ったが詩音は相変わらずの笑顔だった。

小説はあくまで小説。
だからそんなに片意地はらなくてもいいんです。
詩音が沙都子にそう言った。突然のことに沙都子はきょとんとしたが直ぐに詩音に反論した。
詩音さんににーにーの何が判るというのですの!
詩音さんにどうしてそんなこといわれなきゃいけませんの!
沙都子の怒号は雨で緞帳のようにかき消されているが喉の奥から言う。詩音は沙都子の言うことに一言も反論せず、そして沙都子が肩で息をして力尽きたところを見計らって「お疲れ様です」とねぎらいの言葉を発した。
そうして詩音は鞄から一冊の本を取り出した。
それは『魔法使いの夜』。
悟史がこよなく愛読していた本であり、沙都子は目を丸くしてその場から動けなかった。

詩音がこの小説を貰ったのは悟史が失踪する数日前のことだった。突然悟史が詩音に本を渡したのだった。突然のことで詩音は吃驚していたが続けて悟史は『妹を頼むよ』と言った。それが詩音が悟史に会った最後となった。
『魔法使いの夜』を読んだのですの? 
沙都子はそう詩音に尋ねると詩音はうんと頷きながらも難しい顔をしていた。詩音曰く捕らえ所のない作品と比喩した。面白いと思えば面白い、つまらないといえばつまらないと一言で言える小説。でも詩音が読了した感想としては釈然とせずそれでいて娯楽的ではない爽快感と何かが解決したような納得が一度に押し寄せた感じだと言う。
余計意味が判りませんわー!
沙都子はそう発すと詩音はとりあえず読んでみてくださいと渡してきた。でもここで沙都子は疑問に思う。
なぜわたくしににーにーから貰った本を渡すのですこと? だって詩音さんは、その、にーにーのことが大好きでしてそれで、にーにーから貰った本を誰にも渡さずにこれまでいたのに。どうして。
すると詩音は微笑みながら優しい声で口を開いた。
私はこの本で悟史君の愛をいっぱい貰いました。悟史くんの想いをいっぱい貰いました。悟史くんが何を考えているのか断片的ですが共感することができました。そして悟史くんが最後に言った言葉を、咀嚼することができ、実行することができました。だから。
詩音は一呼吸置くと「私のことねーねーと呼んでください」と言い切った。
沙都子は怪訝する。
その本一冊でそこまで考えることができるのですこと? にーにーの想いを知ることが出来るのですこと? ……にーにー。
し、仕方ありませんわねと沙都子は本を貰おうとするが突如詩音は肘を上に上げて本を沙都子の身長よりも高い位置に上げた。
一体なんなのですの! 沙都子がそう憤慨していると詩音は「私のことねーねーと呼んでください☆」と嘲笑を浮かべた。
絶対にわたくしのことを遊んでいるのですわ~! 
沙都子はそう思いながらも本は読んでみたいので仕方なく一呼吸おいて顔を紅潮させながら「ね、ねーねー……」と躊躇しながら言うと詩音はいきなり沙都子に抱きついてきた。
かぁいいモードのレナさんの真似事、詩音さんしてくださいまし~!
沙都子は内心でそう激昂するも口から出る言葉は「ね、ねーねー……」だけだった。
雨が弾く森の中、したしたとした空間が流れていた。

雨が上がり沙都子は家に帰ると早速本を読み始めた。がかなりの厚さで沙都子にとってはすぐに読み終えるような代物ではなかった。
それに判らない漢字も多いのですわ~! と沙都子は嘆いていると漢字のよこに一つ一つルビが振ってあり見ると丁寧に沙都子にでもスラスラ読めるように書いてあった。
通常難しい漢字以外や読み方に限り漢字の横にルビを振ることは多いが、全ての漢字にルビを振るのはまず希なことであり、それをやったのは他でもない詩音であった。
詩音は沙都子に本を渡そうと決めたとき、初めにしたことは沙都子にでも読みやすくすることだった。だから丁寧に一文字一文字ルビを心がけた。
そう思うと沙都子は胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、両手で本を押さえつけるよう胸に埋めた。
突然のことに近くにいた梨花が一体どうしたのですかと訊いてきたが沙都子はしばらく無言の後、「……嬉しいのですわ」と呟いた。
本当に嬉しいのですわ。
にーにーから渡された本が、詩音さん、いえねーねーが私のために読みやすくしているのですの。
この本からは愛が詰まっているように思えたのですわ。
にーにー。
ねーねー。
……ありがとう。

その日以降沙都子はその小説を離すことはなかった。魅音や圭一に冷やかされたり、知恵や一矢が小説を奪取しようと試みたが沙都子の持ち前のトラップマスターの能力をいかんなく発揮し、またレナや詩音、梨花の協力を得て読書中に小説が奪取されるようなことはなかった。
レナは詳細は知らないがいつもと違う沙都子に察して協力するようになった。
普段お持ち帰りばかりされている沙都子にとってレナが協力するなんてと怪訝したが、梨花は「レナはお世話焼きさんなのですよ。にぱ~☆」と言いながら笑っていた。

それから一ヶ月後沙都子は小説を読了した。レナや梨花に感想はどうたったかと尋ねられると沙都子は怪訝して、う~んと首を捻らせていた。
一言で説明することが難しい小説。
でもにーにーが、ねーねーがこの小説が好きなわけがなんとなく判りますわ。
森のように迷宮に迷い込むようでいて、答えが一つではないと示唆されているかのような感じ。
でも、と沙都子は最後にこう付け加えた。
にーにーとねーねー。
なんだかお似合いのカップルですわね、と。

数日後沙都子は詩音と共に著者の元に訪れることになる。突然毛並みの揃った赤毛猫が沙都子達の元へ手紙を持って訪れて、詩音と共に森の中を割くようについていくとそこにはログハウス風の小屋が出現し、そこで著者である彼女と邂逅することになる。
小柄でお下げをした八重歯が似合う女性。『でちゅでちゅ』と茸のイラストをプリントされたエプロンをしており一言で言うのなら本屋の店員。
そして間延びした声。
彼女を見て沙都子達はこの人が小説を書いたんだと一発で判った。
捕らえ所のない小説。
捕らえ所のないひと。
彼女、迦遼アヤカ(偽名)はまさしくそれに該当していた。

なんの招待が知らないのですわ。
もしかしたら……にーにーも彼女に招待されてたかもされませんでしたよ。
本好きのにーにーならぴったりですわ。
沙都子はそう思うたび、くすっと笑みがこぼれた。

帰り道沙都子は詩音に現在読書が楽しいと告白した。
詩音は「いいことです☆」と微笑んでいた。
きっかけはなんでもいいのですわ。
でも他でもないにーにーがしてくださいましたこと。これ以上ない幸せですわ。
空を仰ぐと雲一つない晴天の先に一直線に伸びる飛行機雲。
季節は梅雨を越え、夏が到来した。
雨はしばらく降っていない。
にーにー。
早く帰ってくださいまし。
わたくしはねーねーと待っていますわ。

二人は森から出て帰路に急いだ。


                                                  おわり

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2007/09/13 21:59 | SSCOMMENT(1)TRACKBACK(0)  

『Movment――《Rotation》』

 

 空が喝采する雲の片割れが命を削るもの。
 命はひとつ。
 そして三つと世界は廻る。
 それは片方に幻想≪Roman≫
 それは片方に妄想≪Ark≫
 それは両方に創造≪Elsion≫
 世界が繋がる螺旋のむこう、三つの物語が胎動する。


 くすくすくすくすくすくす。
 こんばんはお久しぶりはじめましての皆様方。
 私は誰か? 
 そんな野暮のことを訊くの? 
 あなたはそれを訊かなくても存じていたはずと思っていたけど。

 私はフレデリカ。
 ベルンカステルでもなければ古手梨花でもない。
 私は私よ。

 さて、手元には三つの物語。
 それは銀色の中庭のような囀りに似た息吹のように。
 ひしひしとひしめく信号機の中にある宇宙のように。
 カラオケボックスのマグマのように煮えたぎるニーソソックスのように。

 一つはすでに誕生日を終えた北条沙都子の記念作品『ロタティオン』
 一つは七夕と誕生日が同日の竜宮礼奈の記念作品『夢の島記念公園』
 一つは盛大な誕生日を迎える公由夏美の記念作品『白虎野の娘』

 これはカケラ。
 本編と同様、巡る迷宮と蒼穹の彼方から始動する物語。

 読むのか読まないのかはあなたの自由。
 途中でやめるか全部読むのかはあなたの自由。
 一つの物語だけを読むのか三つの物語を読むのかはあなたの自由。
 感想をかくのか感想をかかないのかはあなたの自由。

 私は其れを否定しない。肯定もしない。強制も命令も何もしない。
 だってこの物語は彼方という此処の世界。
 
 ――世界は此処を中心にして廻っているのだから。

 それでは『Movment』の世界へ、ようこそ―――。





 


 


 割が合わないと北条沙都子は思った。
 目の前には沙都子を気遣うように見守る医師入江京介の姿があった。
 だが沙都子の表情はどこか晴れなかった。

 今日昭和五十八年六月二十五日は北条沙都子の誕生日である。

 沙都子は同じ学校のクラスメイト竜宮礼奈、園崎魅音、古手梨花、前原圭一とそわそわしながら遊んでいた。
 今日はわたくしの誕生日ですわ。
 口には出さなくても端からみればとても普段の彼女らしくない仕草をしていた。
 だが礼奈や圭一、梨花達からはそのことを一切話題にすることはなかった。
 一体、なんなのですの…?
 はじめはふとそんな疑問だけだったが時間が経つにつれ、沙都子の心境は徐々に焦燥していく。
 どうして誰もわたくしが今日誕生日ということを祝ってくれませんの?
 誕生日なのに……。
 ふと沙都子は去年の誕生日を思い出す。

 去年。

 その年綿流しの日に沙都子の叔母北条毬枝が何者かに撲殺され、そして沙都子の兄、悟史が失踪した。

 それが丁度誕生日。

 にーにーはわたくしに『いいものを持ってくる』と嬉しそうな顔をしていました。
 それは本当に、本当に、嬉しそうな表情を浮かべながら言っていました。
 わたくしはその表情を見てにーにーが何をするのかなんとなく判っていましたのよ。
 でも、それを言いませんでした。
 にーにーが欲しいのはわたくしがプレゼントを見て吃驚する表情。
 そんなのなくてもわたくしはにーにーのプレゼントならなんでも吃驚しますのに。
 飛びついて抱きしめますのに。
 でも。
 にーにーは帰ってくることはありませんでした。
 にーにーがわたくしの名前を優しく言うことはありませんでした。
 失踪したと聞かされたのはそれからまもなくでした。
 楽しい誕生日になるはずでしたのに。
 そう信じていましたのに。
 だからわたくしは泣きましたの。
 一人で寂しく。
 梨花やレナさん、魅音さんの誘いを断ってその日一人で泣きました。
 そして気づいたのですわ。

 わたくしがにーにーに甘えていたこと。
 わたくしがにーにーに依存していたこと。
 わたくしがにーにーの重荷になっていたことを。
 わたくしがにーにーを…消してしまったことを。
 だからわたくしは一人でなんでもできる、強い北条沙都子を目指したのです。
 だからわたくしは一人でにーにーの帰りを待つ、強い北条沙都子を構築したのです。
 それは仮面を被った…違いますわね。
 なりたい自分を、なる自分にするために決めたのですわ。
 千年を駆け巡るような女優のようにわたくしは誓ったのですわ。
 だからわたくしは一人でも大丈夫…。
 大丈夫…。
 …。
 






















 うそつき。

























 そうですわよ。

















 わたくしは、うそつきですわ。
 一人なんかになりたくない。一人は嫌! 
 一人なんて嫌!
 一人は、一人は、一人は、一人は!!!!!











 




 わたくしは愛されないかもしれません。
 わたくしはそんな資格ないかもしれません。
 でもわたくしはいいのですの。 
 わたくしはにーにーの帰りを今も、ずっと待っていますの。
 にーにーがわたくしのためにプレゼントを抱えて持ってくる姿をわたくしは待っていますの。













 でも一人は嫌。
 一人は、もういや。
 いまも、いや。
 …もいや。
 だから今も……今日も、明日も明後日も、ずっとずっとずっと。










 
 なんだか…涙もでませんわ。

















 ――――にーにー。

 
 わたくしは、いつまでにーにーの帰りを待てばいいのですの?



 ――――にーにー。


 わたくしは、いつまでにーにーと一緒にいれますの?












 わたくしは――北条沙都子は――いまでも、にーにーの妹でしょうか?































 沙都子は目を開けるとそこは見慣れた天井があった。
 保健室の診察室の天井。
 ここは? 
 沙都子はそう思いながら溜息をしながら身体を起こした。
 入江は沙都子が目覚めたことに気づいたらしく心配した様子で声をかけた。
 どうして監督がいるのですの?
 沙都子が急に立ち眩みを起こし倒れ込み、その一報を聞いた入江が学校に駆けつけたと入江は説明した。
 沙都子はなんでもありませんわ、と言いながらも訥々とした口調。
 日差しが熱く、蜩の鳴き声が聞こえる。
 空は雲一つない快晴。
 じめっとした天気を抜かせば雛見沢は夏そのものだった。
 そうして入江は優しい口調で喋った。
 沙都子さん、誕生日おめでとうございます――と。


 物語は冒頭に繋がる。


 どうしたのですか。
 入江はそう訊くと沙都子はぶぅと頬を膨らませて拗ねた表情をしていた。
 そしてぷいと首を振り、なんでもありませんわ! と上ずった声を発した。

 沙都子は去年のことをふと思い出した。
 一人泣いて明日への決意を構築する中、入江が沙都子の元にやってきたのだ。
 礼奈や魅音、梨花でさえにも来ないようにと釘を刺し、実際に来た礼奈達を言いくるめて帰るように諭した。
 みんなに甘えたいのですわ。
 ……でも、今日はダメですの。
 わたくしが、今まで甘えていた罰を受け止めようと……決意するために。
 だが入江は沙都子に諭しても帰ろうとしなかった。
 逆に。
 ではここで沙都子さんの誕生日パーティーをはじめましょうか。
 そう言ってきたのだった。
 沙都子は唖然となった。
 どうしてここまでわたくしのことを構うのですの?
 確かににーにーと監督は交流もありましたけど、わたくしと監督は……挨拶程度の付き合いがないですのに。
 それ以外では患者と医者。
 それ以上もそれ以外の関係もありませんわ。
 なのに、どうして監督はわたくしのために来てくださるの?
 にーにーがいなくなったわたくしへの同情?
 ならわたくしは監督を軽蔑しますわ。
 同情するのは簡単ですわ。
 でもそれは一種の自己満足。
 わくたしは同情される筋合いなんて、ありませんことよ。
 でも監督は首を左右に振って同情ではありませんと言った。
 私には何もできません。
 私には沙都子さんの辛さを理解できるほど傲慢ではありません。
 でも私は沙都子さんの心の支えになりたい。
 と、監督はいいました。
 その言葉は決して同情ではありませんでした。
 そしてわたくしはこくんと頷いて監督を家の中に入れましたの。
 監督はメイド好きな監督でした。
 でもその振る舞いにはどこか哀愁が漂っていました。
 監督も辛いのですわ、とわたくしは理解できましたの。
 だから二人で強くなろうと誓いましたの。
 にーにーが帰ってくるまで強くなろうと誓いましたの。

 途端、ドアが開く軋む音が聞こえた。
 そこには圭一や礼奈、魅音、梨花の姿があった。
 手には綺麗な包装紙で包まれたプレゼント。
 彼等はおめでとうと、沙都子のことを祝った。
 沙都子は最初きょとんと呆けていたが徐々に感情があふれ出す。
 最初は涙……うれし涙が混じった涙。
 次いで微笑み。
 そしてありがとうございます、と心の底から伝う感謝の言葉。
 入江はそれを微笑みながら眺めていた。
 でも監督ばかり卑怯だよなー。みんなで驚かそうと思ったのに。
 圭一が入江を見ながらそう皮肉を言った。
 そうだよーと魅音も圭一の言葉に合わせる。
 礼奈はまあまあと苦笑。
 一方梨花は本当に『一人だけ抜け駆けして。帰ったら世界のキムチ料理のオンパレードのオールナイトよ!』『あぅあぅあぅ! 梨花! オンパレードもオールナイトも絶対お断りなのですよ! どうせやるのなら世界のシューをどこでもドアから引きずり出してほしいのですよ!』『はん、あんたのオールナイトなんてたかが知れているわよ! なんなら醤油の人生を送ってやるわ!』『あぅあぅあぅ! そんな人生送りたくないのですよ!!!!』と掛け合いをしながら入江のことを睨んでいた。
 入江は苦笑しながらあははと言葉を濁す。
 そんな狼狽した入江を見て沙都子はくすと笑った。
 
 しばらくして圭一達は後ろ髪を引き摺る思いで保健室を後にした。
 入江曰くしばらく安静にして、それから教室に向かわせますとのこと。
 圭一達が帰った後は嵐の後のように静かになる。
 ありがとうございます。
 沙都子は入江の顔を見ながら感謝の言葉を発した。
 入江はなんのことでしょうと質問。
 そんな入江の顔を見て沙都子ははぁと深い溜息をついた。
 誕生日のことですわよ。
 沙都子がそう言うとああ、そうでしたねと入江は会釈した。
 まったく、これだから監督は。
 すると入江は真面目な口調にして言った。
 待っててください。
 悟史くんは必ず沙都子さんのために戻ってきます。
 それに彼には沙都子さんにしなければならいことが待っています。
 しなければいけなこと。
 その言葉に沙都子は反応する。
 前にディスプレイに飾ってあったでかい熊のぬいぐるみをずっと眺めていたことがありました。
 にーにーはなにも言わずにわたくしのことを眺めていました。
 でもそれから数日ディスプレイに飾られてあった熊のぬいぐるみがなくなっていました。
 興宮署の刑事大石さんはにーにーがそのプレゼントのお金で逃亡したのではないかと言っていました。
 けど、にーにーは違うと思います。
 にーにーはそんな人ではありませんもの。
 だからにーにーが帰ってきましたら、わたくしはどんなプレゼントであろうと驚くつもりです。
 その時は千年演じ続ける女優のように、心から祝福したいと思いますことよ。
 だからにーにー……早く戻ってきてください。
 沙都子は入江に対して『わたくし、待っていますわ』と笑いながら言った。
 入江はそれを聞くとそうですかと言いながら微笑んだ。




 ひぐらしのなく声の彼方、空を貫くかのような轟音の後に浮かぶ飛行機雲が空に彩っていく。
 そういえば、と彼。
 悟史くんが沙都子さんのためにプレゼントを買った日もひぐらしの合唱と飛行機雲が空を染めていました。
 それは偶然か皮肉か。
 私には判りません。
 ……でもこれだけは言えます。
 沙都子さんはこれから幸せになると。
 彼はそう思わずには入れなかった。

 空が突き抜ける彼方の向こう。
 彼と彼女は一人の彼の帰りを待っている。
 それは純粋にして無垢、端から見ればそれは悲哀されるかもしれない。
 罵倒されるかもしれない。
 でも彼の帰りを待つ。
 例え帰ってこないことを己のせいとしても、それを全て受け入れる。
 それが自らの罪だからと受け止める。
 そして強くなっていく。
 あるのは彼の帰りを純粋に待つ意志。
 それは≪Roman≫のような気高さ。
 ゆえに二人は彼の帰りを待っている。
 彼が『movment』するその日まで。


 それが彼女の望んだ――誕生日なのだから。

 


 
 くすくすくす。
 いかがだったかしら。
 この物語をどう受け止めるかは彼方次第。
 さて次の物語もあるけど彼方はどうする?
 その幻想を空飛ぶ揚羽蝶のように追いかける?
 それとも悲しみの連鎖を断ち切るかのようにフェイズする?
 ここでさよなら?
 それとも……?
 ……くすくすくす。
 野暮なことを訊いたわね。
 そんなこと私の知る範疇じゃないのに。
 だって、決めるのは彼方なのだから。
 
 『movment』は直ぐ其処に――。


2007/09/13 22:31 | SSCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

『Movment――≪Dream Island Obsessionnal Park≫』

 削除と願望と理不尽なる国立公園。
 空と海が犇めく路地裏の最中、三つの世界が韜晦した。
 それは片方に理想≪Rotarion≫
 それは片方に思想≪Dream Island Obsessional Park≫
 それは両方に感想≪The girl in Byakkoya≫
 世界が否定するELYSION[ABYSS]の最中、三つの物語が胎動する。


 くすくすくすくすくすくすくす。
 こんばんはお久しぶり初めましての皆々様。
 前回の物語を読了した方もいるかしら? それとも初めましての方が多いのかしら?
 それとも前回読み飛ばしたけどまた目があったのかしら?
 私ったらまた野暮なことを訊いたようね。
 え? 私は誰かって?
 それは前回も述べたはずよ。……ああ、初めましての方には説明不十分だったようね。

 私はフレデリカ。
 ベルンカステルでもなければ古手梨花でもない。
 私は私よ。

 さて、手元には三つの物語。
 それは信号待ちをしている川沿いのオフィスで昼寝をしている午後のように。
 それは少女が翼を廻る静かなホームページの翌朝のように。
 それは金色と銀色の木漏れ日のベンチが囀るアテレコに似たブラックミュージックのように。
 
 一つはすでに誕生日を終えた北条沙都子の記念作品『ロタティオン』
 一つは七夕と誕生日と同日である竜宮礼奈の記念作品『夢の島思念公園』
 一つは盛大な誕生日を迎える公由夏美の記念作品『白虎野の娘』

 これはカケラ。
 本編と同様息吹と吐息が絡め合い地平線と地平線が織り出す物語。

 読むのか読まないのかはあなたの自由。
 途中でやめるのか全部読むのかはあなたの自由。
 一つの物語だけを読むのか三つの物語を読むのかはあなたの自由。
 感想をかくのか感想をかかないのかはあなたの自由。
 私は其れを否定しない。肯定もしない。強制も命令も何もしない。
 だってこの物語は彼方という此処の世界。
 
 ――世界は此処を中心にして廻っているのだから。

 それでは『Movment』の世界へ、ようこそ―――。











 この縮こまった世界にいて何が悪いの。
 竜宮礼奈はそう思わずにはいられなかった。
 あら、どうしたの?
 礼奈の横にいる女性はあっけらかんとした口調で訊いた。
 なんでもないです。
 礼奈は不躾な態度で言い返すと女性はくすくすと笑った。
 礼奈はそれが不快だった。
 なんでこの人と一緒にいるのだろう。
 なんでこの人と会話をしているのだろう。
 なんでこの人とこの場所にいるのだろう。
 折しも七夕。
 礼奈は女性に気づかないように小さくはぁと溜息を吐いた。
 そして目配せ。
 女性は笑っていた。
 

 礼奈とクラスメイトの前原圭一は現在付き合っている。
 七月の初め、礼奈が意を決して圭一に告白をした。
 ただ礼奈はクラスメイトの園崎魅音が圭一のことを恋慕していることを知っており、相談を持ちかけたこともあった。
 礼奈は自分を気持ちを押し殺して魅音と圭一が幸せになればいいと思っていた。
 しかし、ある日礼奈は夢を見た。
 それは誰にも相談せずに学校を籠城した夢。人殺しをした夢。
 それはとてもリアルで、とても悲しくて。
 そして礼奈は……そのリアルの夢で知る。
 相談すること。みんなに相談すること。
 例え伝わらなくても、挫折しても口に出して言うこと。
 それがリアルな夢から学んだ哲学。
 礼奈はその夢を夢として片付けず、始めに魅音に告白し、次いで圭一に告白した。
 圭一の時はもちろん、魅音に自分の気持ちを伝えることは容易ではなかった。
 ずっと相談されていた彼を奪う行為。
 それは或る意味では裏切り。
 だけど。
 礼奈はその気持ちを抑えることができなかった。
 わたしは、圭一くんのことが好きという思いを魅ぃちゃんに知ってもらいたい。
 わたしの本当の気持ちを魅ぃちゃんに伝えたい。
 緊張しながらも勇気を振り絞って魅音に告白すると、魅音は一瞬目を見開いた後、ふっと笑みを零して、そして――礼奈の頭を撫でた。
 レナ、やっと言ってくれたよ。
 魅音は礼奈の気持ちに気づいていた。いつしか礼奈が圭一のことを恋慕していることに。
 だけど既に何度も礼奈に相談した身。ゆえに自分から言い出すことが出来なかった。
 言い出すことで何かを失うことが怖かった。
 魅音は淡々と、そして優しい口調で綴っていた。
 それは普段雛見沢分校での学級員で、部活の部長、空気を読まない園崎魅音を脱していた。
 これがわたしの知っている魅ぃちゃんなの?
 礼奈は純粋にそう思った。
 魅音はそのことを訊くとぶー頬を膨らませながら。
 おじさんだって女の子だもん。
 拗ねていた。
 そして魅音はがんばりなよ、と付け加えた。
 それが功を奏してか礼奈は圭一に後日告白すると俺でよかったら、と照れながら恋人同士になった。
 だがその日告白するまで礼奈は気が気でなく寝不足の日が続いていた。
 魅音は大丈夫だって、とフォローをしていたがやはり不安で仕方がなかった。
 いい話があるのですと横から割ってきたのはクラスメイトの古手梨花は告白を受けるのなら古手神社に醤油を百本無料奉納すれば願いは叶うと言っていたが、後日キムチに変更された。
『シューなんて絶対奉納させないんだからね!』
『あぅあぅあぅあぅ!! 梨花は酷いのですよ!! そんなに僕が嫌いなのですか! この神様の僕が嫌いなのですか!!』
『シューを好む神様だなんて前代未聞よ。いえ、ヘタレ神という時点で前代開門よ!! さあ醤油よ!! 醤油をへるぷ。みーなのです!!』
『あぅあぅあぅあぅ!! 前代開門ってどんな造語なのですか!! という結局私利私欲のために動くだなんて酷いのです!! そんなことだから僕の方が人気あるのですよ!!』
『五月蠅いわね!! 羽入如きの人気、私のリリカルマジカル最強魔法でぶっつぶしてやるわ!! key系で言うのなら鯛焼きを万引きするぐらいのやつなら、その鯛焼き金色のヘタレおにいちゃんのしょうもない手で潰してやるわ!! それと国崎サイコーにやってやるー!!』
『あぅあぅあぅあぅ!! なんなのですか!! その露骨なkeyネタは!! そんなことを言うのやめてほしーのですよ!! あと声優ネタはもうやめてくれなのですよ!!!』
 礼奈は途中からヒートアップして誰かと掛け合いをしている梨花から離れて、醤油諸々を奉納することをやめた。
 そんなことをしなくても圭一と付き合うことが出来たので自力で努力することに心がけた。
 世の中、神頼みよりも自分を信じることだね、だね!

 それから数日後の七月七日。
 礼奈は興宮にある県立図書館玄関前で佇んでいた。
 圭一との初デートで、礼奈は待ち合わせの一時間前からそこにいた。
 黄色の麦わら帽子に白いフリルのワンピース、向日葵柄のポシェット。
 ナチュラルメイクをしてうすらベージュの口紅をしていた。
 それは礼奈が目一杯お洒落をした姿だった。
 魅音に(正確には魅音に相談したときにたまたま居合わせた妹・園崎詩音に)相談した時に圭ちゃんと初めてのデートなんだからへんに派手な衣装をするよりもレナさんらしい衣装をチョイスすればいいです、と言われ礼奈は無理に背伸びせず等身大の衣装でデートを楽しもうと考えていた。
 それにしても圭一くん、まだかなぁ……だんなて一時間も前に来ているんだからまだに決まっているよね、えへ。
 礼奈の気持ちは高揚していた。
 今日は七夕。
 織姫と彦星が一年に一度だけ会うことが許されたその日。
 はぅ~とてもロマンチックだよぅ~。
 だけど圭一くんと一年に一度だけなんていやだなぁ~レナは圭一くんに毎日あっても会い足りないんだから!
 礼奈はいつのまにか頬を赤らめて笑みを零していた。
 刹那後ろから声が聞こえた。
 顔が緩んでいるわよ。
 それは礼奈にとってそれはとても聞き覚えのある声だった。
 かつて好きだった人の声。
 かつて愛していた人の声。
 振り返るとそこには礼奈にとって見慣れた女性が立っていた。

 それは他でもない礼奈の母だった。




 わたしはお母さんが大嫌い。
 だってわたしを、お父さんを裏切ったのだから。
 もしこの人のことを妄想するのならわたしは代理人でも呼んで殺したい。
 でもわたしとこの人は親子。
 例えお父さんとこの人が離婚したとしても、それだけは切り離すことは出来ない。
 どうしてこの人がわたしのお母さんなの。
 どうしてこの人と親子なの。
 ねえ、どうしたの。
 お母さんが訊いた。
 わたしはなんでもないと答えた。
 本当に何でもない。
 でもどうして興宮に来たのかその理由は訊きたかった。
 刹那わたしの心情を読み取ったようにお母さんは仕事の都合で興宮に寄ったの、と突然切り出した後ふんと鼻で笑った。
 礼奈ちゃんの考えていることは全てお見通しよ。
 その言葉を聞いた途端怒りがこみ上げてきた。
 神経が逆なでされた。
 しかしお母さんはわたしの表情を見て、くすくすと笑った。
 ねえ、久しぶりにあそこに行ってない?
 お母さんは言った。
 あそこって……?
 お母さんはつかつかと歩き始めた。
 予測できない行動に呆然しているととどうしたの? いかないの? と声をかけてきた。
 でも、わたし、圭一くんのこと待っているし。
 そのことを口にした途端、あ、と思ったけど時既に遅しだった。
 お母さんはにんまりした表情で圭一くんってだぁれぇ~? と訊いてきた。
 そんなこと訊かないでよ!
 お母さんには関係ないじゃない! 
 でもお母さんの質問攻めに黙秘することは……できなかった。
 昔からそう。お母さんの質問攻めに最終的には耐えきれず、わたしが根負けして答える。
 昔はそれこそあどけない一コマかもしれないけど、今となってはかなりの汚点だ。
 嫌々ながらもわたしは圭一くんのことを訥々と答える。
 感情のない棒読みした口調でそれは教科書に書かれている文字を読んでいる時のような感覚。
 ううん。教科書のほうがまだいい。教科書に感情はないから。
 書かれている文字の羅列を知恵先生にそこまでと言われるまで読めばいいだけの話だから。
 でもお母さんは違う。
 お母さんはわたしと圭一くんの経緯を事細かに訊いてくる。それだけで億劫。
 どうしてこの人に説明しなきゃいけないのだろう。
 ともかくわたし、行かないからね!
 わたしがそういうとお母さんはくすっと嘲笑した。
 でも礼奈ちゃん。一時間前に来て待っているって言ったじゃない。
 …………わたしの馬鹿。
 どうして一つも、嘘をつけないの。どうして黙ってられないの。
 この女はお父さんを捨てたのに、どうしてわたしはこの人に刃向かうことができないの。
 それにわたしはこの人にお母さんだなんて呼びたくない。
 わたしはこの人に礼奈ちゃんだなんて呼ばれたくない!
 わたしは竜宮レナだ!
 わたしは礼奈を捨てたんだ!
 お母さんが知っている竜宮礼奈は茨城にいるときに全部捨てたんだ!
 だからこの人と、もう関係ないのに!
 なのに! なのに! なのに!
 そうこうしているうちにわたし達はあるところに来た。
 それはわたしとお父さんと、お母さんと三人でよく来ていた公園。
 そこは何も変わってなかった。
 草木があの時より伸びていたがそれでも公園の形、独特の匂い、独特の雰囲気…違う、わたしは、あの時の公園を思い出しているのだ。
 かつて茨城に引っ越しする前にお父さんとお母さんが仲良くピクニックがてら来ていた。日曜日に決まって、毎朝お母さんお手製の少し形が歪なサンドイッチを一緒につくって、公園に着くまで三人で手を繋いでいた。右にはお父さん、左にはお母さん。
 それはとても晴れやかな日曜日。
 あの時見た飛行機雲。
 今でもよく覚えている。
 でも今はあの時じゃない。
 今は昔じゃない。
 この人とまた一緒に暮らすだなんて考えられない。
 この人のことをまたお母さんと呼ぶだなんて考えられない。
 でも戸籍上ではこの人とわたしは親子。
 どうして…どうして。
 その時お母さんが訊いてきた。
 礼奈ちゃん、その圭一くんといて幸せ?
 それは唐突に、突然に。
 わたしは質問の意図が判らなかったけどお母さんは二度、三度と同じ質問を訊いてきた。
 わたしは幸せだよ、と答えた。
 圭一くんといて幸せ。
 だって大好きな圭一くんとずっと一緒にいられるんだもん。
 するとお母さんは目を細めて、そして言い切った。
 礼奈ちゃんは、私と同じふうになるわ。
 ……どうして? 
 素直にそう思った。どうしてわたしはお母さんと同じになるのだろう。
 するとお母さんは続けた。
 今が幸せってことはこれからは不幸せなの。礼奈ちゃんはまだ付き合ったばっかりだからわからないと思うけど礼奈ちゃんはこれから圭一くんが一途とも限らないし、礼奈ちゃんだって圭一くん意外に好きな男の子ができるかもしれない。それこそ私みたいにね。
 その言葉で何かが壊れた。
 わたしは嘘だ! と声を荒げた。
 呪詛を込めた表情で、殺意を込めた表情でお母さんのことを睨み付けた。
 お母さんのことを嫌いだった。
 でも今度という今度は許せない!
 お父さんやわたしならまだしも圭一くんのことを愚弄するだなんて!
 圭一くんのこと馬鹿にして!
 もし手元に斧や鉈があればそれでお母さんのことを切り刻んでいたと思う。
 でもわたしは目一杯おめかしをした衣装。
 これから圭一くんとデートというのに、自らの手を汚すだなんて、そんなこと、絶対に嫌!
 だからわたしは睨み付けるだけで精一杯だった。
 そして口からは嘘だ! を連呼して絶叫するだけだった。
 お母さんはわたしのことを驚くも怯えるもせず、ただつまらない表情でわたしの行動を観察していた。
 それがまた腹が立ち、わたしはお母さんに何度も絶叫を喚いた。
 畜生! なんでわたしはこの人に何もできないの! わたしはこの人と親子の縁を切りたいの!
 仲直りなんて絶対無理! 和解だなんて死んでも嫌!
 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!!
 …………はぁはぁはぁ。
 わたしは肩で息をしていた。喉もカラカラ。
 こんなに怒鳴ったのも久しぶりかもしれない。
 お母さんがふと呟いた。
 私も礼奈ちゃんのお父さんとずっと一緒にいられるはずだった。ずっとここが私の居場所だと思っていた。でも心のどこかでは疑っていたの。あの人、じゃない。私自身を。仕事もそうだけど、私は自分が認める場所が欲しかったの。だからあの人と齟齬が生まれたの。それは必然。礼奈ちゃんも大人になれば判るわ。
 判りたくない! 
 知りたくもない!
 そんなこと、わたしには関係ない! どうしてそんな話をわたしにするの! わたしはお母さんのこと大嫌いなのに!
 するとお母さんは、ハッキリと笑みを浮かべながら言った。
 奇遇。私も礼奈ちゃんのこと、心の底から大嫌いなの。
 でもね、同じくらい大好きなのよ。



 妄想する代理人。
 わたしの理性が正常なのならこの人が今言っていることは……矛盾だらけ。
 どうしてわたしのことを大嫌いだと、そして大好きだと言ったの。
 お母さんは訥々と続けた。
 確かに私はあなたのお母さん失格よ。あの人を捨ててアキヒトさんを取ったのだから。でもね、覚えてちょうだい。私、あなたのこと、同じぐらいに、ううん、あの人以上に嫌いなの。どうしてって? だって私の娘なんですもの。親子の縁が切れるのなら今すぐにでも切りたいわ。でもね、私と礼奈ちゃんは親子なの。これはどう抗うこともできないわ。だから嫌悪し、同時に愛しているの。
 偽善だ。
 わたしはお母さんの話を聞いて素直にそう思った。
 何が嫌悪しているのに、愛してる? だったらどうしてお父さんのことを、わたしのことを捨てたの!?
 どうしてわたしのことを捨てたの!?
 なんで、なんで!
 答えはでない。
 答えなんて、でるはずがない。
 わたしは、この人のことを本当はどう思っているのだろう。
 好き?
 嫌い?
 少し前までは、少なくともこの人に会う前までは大嫌いだった……でも今は、判らない。
 好きとか嫌いとかじゃない。
 和解とかじゃない。
 でも言葉に出来ない。
 そんな関係。
 その時、そろそろ戻りましょうと言ってきた。
 時計を見ると待ち合わせの約束した時間帯間近だった。
 わたしはぐうの音もでずこの人の後を着いていこうとする。
 でも、とわたしは立ち止まる。
 お母さんはどうしたの振り向いた。
 わたしは一瞬躊躇した後、お母さんの顔を凝視して、怒鳴った。
 わたしはお母さんじゃない! だからお母さんと同じ人生だなんて送らない! お母さんみたいにお父さんを、わたしは圭一くんのことを見捨てたりしない! わたしは圭一くんといつまでも幸せになる! お母さんが羨むくらい素敵な家族を築いてみせるんだから! 
 お母さんはぽかんと呆然とした後、にかっと笑みを浮かべた。
 そして、嬉しそうな声で喋った。
 礼奈ちゃんのその言葉を待っていたのよ。やれるもんならやってみない。
 …………………。
 今度はわたしの方が呆けてしまった。
 それからお母さんは綺麗な紙で梱包された小さな箱をわたしに渡して、お誕生日おめでとうと祝福された。
 解くと綺麗なブローチが入ってあった。
 それはとても穏やかな昼下がりの午後だった。



 礼奈達が図書館に戻ると圭一が遅いぞーと言いながら待っていた。
 圭一くん、ごめんねと礼奈が謝ると、圭一は礼奈の顔を凝視して、それからしばらくして顔を紅潮しながら謝ればいいんだよ、と口籠もりなら照れていた。
 レナ、可愛いなと圭一は呟いた。
 礼奈はその言葉を聞いて心の底から嬉しくなった。
 はぅ~。レナ、圭一くんに可愛いって言われたんだよ、だよ!
 すると圭一は礼奈の母の存在に気づく。
 軽く会釈すると、可愛い彼氏ね、と微笑んだ。
 それを聞いて礼奈は翳る表情をする。
 そんな礼奈の気持ちを無視するように母は圭一に話しかける。
 まったく、礼奈ちゃんを落とすなんてこの幸せ者。礼奈ちゃんは私に似てかぁいい娘だから圭一くんみたいな男の子と付き合って正解ね~。
 圭一は何も答えることが出来なかった。
 その時母は腕時計を見て、それじゃあ、ここまでねと呟いた。
 それじゃあ礼奈ちゃん、私、そろそろ帰るからね。じゃあね。
 礼奈はじゃあと言おうとした言葉を呑み込み、さよならと抑揚のない声で言った。
 だが母はにたりと笑う。
 親子なんだからさよなら、なんて言葉は似合わないわよ。本当のさよならはどちらかが死ぬ時だけどそれでも私は礼奈ちゃんの葬儀に出て、大勢の前で泣いてやるんだから。ね? さよならなんて言葉、永遠に使うことは無理なのよ。特に親子の場合はね。 
 そう言い残すと礼奈達を残して姿を消していく。
 そして礼奈の視界に母の姿は消えていった。
 なあ、レナ。
 圭一は訊いた。
 あの人ってレナのお母さんだよな。
 礼奈はこくんと頷き、そうだよと答える。
 ねえ、圭一くん。もしもの話だよ。
 もしも、わたしと圭一くんが別れるとしたら……どうする?
 圭一は礼奈の唐突な質問にしどろもどろになり、もしもってなんだよ~と茶化したように言う。
 だが礼奈の眼差しは真剣で、圭一はこほんと咳払いをした後言う。
 もしも、だな。もしも、俺がレナと別れたとする。それはとてもとても辛いことだと思う。何があって別れるのか判らない。まあそんな状況訪れないんだけどな、と話がそれちまったな。俺がもしレナと別れると……それは大失恋だと思う。ショックでしばらく恋なんて、いや、一生恋なんてできないかもしれない。でも俺はレナとの恋愛を……無駄にしたくない。レナと一緒にいる時間、いや、この時は一緒にいた時間だな。その時間を俺は忘れない。そして、ゆっくりだけど踏み出して行かなきゃいけないと思う。それはとても辛いことだと思う。後ろ指を指されることだと思う。一生レナを想いながら一人で生きていく……口で言うことは簡単だ。でも……あーもうやめやめ! もしもの話なんでしたくねーんだよ! 俺は目の前にいる、今生きている竜宮レナと一緒にいたいんだ! それがどんな結果であっても構わない! でも俺はレナと一緒にいる時間を後悔したくない! だから俺はレナと一緒にいたい! 一緒に今を楽しみたい! それじゃあ不服か!?
 途端。
 ぽつりと礼奈の瞳から涙がこぼれ落ちた。
 その雫は頬を伝い、地面に落ちる。
 圭一は狼狽しながら俺何か悪いことでも言ったか? と訊いてきたが礼奈は首を左右に振った。
 違うの。
 わたしは、嬉しいの。
 圭一くんにこんなに想われて嬉しいの。
 もしもの話なんて、だめだよね。今を精一杯楽しまなきゃだめだよね。
 今はお母さんの気持ち、ぜんぜん判らない。むしろお父さんのこと、わたしのことを含めてやっぱり許せない。
 でもね。
 わたしはお母さんの娘なんだもの。
 お母さんから生を授かったんだもの。
 お母さんも言っていた。
 わたしを産んで良かったと。
 わたしを育てて良かったと。
 わたしと親子でいて良かったと。
 うん。
 わたしもそのことには同感。
 お母さんと一緒にいた時間。とても幸せだった。
 お母さんとの思い出はとても、とても辛く、茨城での思い出が辛辣でこれ以上ないほど許せなくても、幸せな時間だった。
 でも、だからこそ。
 わたしはお母さんじゃない。
 お母さんと同じ生き方なんてまっぴらごめん。
 わたしはわたしの生き方をするの。
 圭一くんといつまでも、辛くても一緒にいること。
 それはとても容易ではないかもしれない。でもわたしは、圭一くんと一緒にいたい。
 一緒にいつまでも笑い合いたい。
 そして、過去を後悔しないように――妄想をしないように。
 妄想代理人だなんて必要ない。
 わたしが生きる意味。
 それは――。

 礼奈は圭一の手を握った。
 圭一は顔を赤らめながら礼奈の顔を凝視する。
 礼奈はデート、始めよと言う。
 圭一は上ずった声でああと良いながら練りに練っただろうデートプランを礼奈に伝える。
 圭一の口調は辿々しくも、でもとても初々しい。
 そう思いながら礼奈はあははと笑った。
 それじゃあ早速行きたいな。はぅ~。
 圭一は任せておけと男らしい口調。
 刹那、空を眺めると一直線に伸びる飛行機雲。
 礼奈は思い出す。
 あの時はお父さんとお母さんの手を繋いでいた。
 でも今は圭一くんの手を繋いでいる。
 わたしには和解とか許すとか、まだ子供だから判らない。
 でもこれから知りたいと思う。
 圭一くんといつまでも一緒いる方法を。
 いつまでも幸せでいる方法を。
 家族として、いつまでも続いていきたいと。


 ――そうして彼女と彼は見果てぬ≪Roman≫を探す旅に出る。
 彼女はかつて彼女を育んだ女性に憎悪を、そして愛を込めて。
 彼はこれから彼女を知るために、生けとし生けるモノに愛を込めて。
 その地平線から地平線へと続く旅路の果て、彼女と彼は≪Roman≫を求め続けるだろう。
 そして行き着くだろう11文字の《伝言》を『movment』するために二人は生きる。
 
 彼女が望む誕生日――それは≪Roman≫



 くすくすくすくす。
 いかがだったかしら。
 長かった? ご苦労さま。
 短かった? お粗末さま。
 この物語をどう受け止めるのかは彼方次第。
 さて次の物語もあるけど彼方はどうする?
 輪廻とベルトコンベアで牛耳る入道雲のように瞬く?
 編集と変換が通用するスクールゾーンのように帰路につく?
 ここでさよなら?
 それとも……?
 くすくすくすくす。
 私って本当に野暮なことを訊くの、嗜好的ね。
 そんなこと私の知る範疇じゃないのに。
 だって、決めるのは彼方なのだから。
 
 『movment』は直ぐ其処に――。

2007/09/13 22:38 | SSCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

『Movment――≪The girl in Byakkoya≫』

 紅色と黄色の津波に語り合う紫陽花。
 夢見と現の荒野の更地の時を駆け巡る中、三つの世界が紬合う。
 それは片方に現実≪Rotation≫
 それは片方に虚実≪Dream Island Obsessional Park≫
 それは両方に真実≪The girl in Byakkoya≫
 世界がYield[Ark]する永眠の中、三つの物語が胎動する。
 

 くすくすくすくすくすくす。
 こんにちは初めましてお久しぶりの皆様方。
 前回までの物語達を読了したのかしら? それも見逃したのかしら?
 それとも前回の物語達は嫌悪してあえて見逃して、今回初めて目があったのかしら?
 私ったらどうしてこう野暮のことを訊きたがるのかしらね。
 え? 私は誰か?
 そう尋ねる彼方は前回の物語達と邂逅しなかったのね。

 私はフルデリカ。
 ベルンカステルでもなければ古手梨花でもない。
 私は私よ。

 さて手元には三つの物語。
 二月と三十六秒と九十九日に振動を命じるボイスのように。
 朝と夜の生き抜く楽園と夜と朝の死んでいく太陽のように。
 幻想と空想が少女の元へと跪くシュレーディンガーの猫におけるアフターダークのように。

 一つはすでに誕生日を終えた北条沙都子の記念作品『ロタティオン』
 一つは七夕と誕生日が同日である竜宮礼奈の記念作品『夢の島思念公園』
 一つは盛大な誕生日を迎える公由夏美の記念作品『白虎野の娘』

 これはカケラ。
 本編と同様、偽りと労りを重ね合いながら徒然なる物語。

 読むのか読まないのかはあなたの自由。
 途中でやめるか全部読むのかはあなたの自由。
 一つの物語だけを読むのか三つの物語を読むのかはあなたの自由。
 感想をかくのか感想をかかないのかはあなたの自由。
 私は其れを否定しない。肯定もしない。強制も命令も何もしない。
 だってこの物語は彼方という此処の世界。
 
 ――世界は此処を中心にして廻っているのだから。

 それでは『Movment』の世界へ、ようこそ―――。














 ――少女達は生誕を祝福するべき≪Roman≫を求めている。
 それは片方に≪rotation≫
 それは片方に≪dream Island Obsessional Park≫
 その両方を司る≪the girl in Byakkoya≫は果たしてERYSION[ABYSS]か11文字の《伝言》か。
 そして『movment』は物語から物語へと話咄しに昇天し、≪Roman≫は少女から少女へと『movment』する。
 ――――『movment』は直ぐ其処に。


 ざわつく喧噪の最中、公由夏美は腕時計を見る。そしてはぁと溜息をし、周りを見渡す。
 駅ってどうしてこう、人の行き来が多いのだろう。
 出て行く人、駅の中に飲まれる人を離れた所から、これだけ人間が多く電車を活用することに夏美は不思議だと思った。
 でもわたしも電車通学、結構夢だったなぁ。まあ歩きも悪くないんだけどね。
 だって千紗登ちゃんや、珠子ちゃん……それに暁くんと一緒にいられるんだもん。
 その時多くの人間が改札口から出てきた。
 今度はいるのかなぁ……っていうかかれこれ一時間以上こうしているんだけど。
 夏美は再び小さな溜息を吐いた、刹那。
『み~~~~~~~~~~~~~~~~~!』
『あぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅ!』
 少女達が何とも言えない声を夏美に向けて発した。
 もしかして……。
 そんな夏美の思いを知らずに少女達は近寄る。
 一人は小柄な矮躯、長髪の黒髪をしてとても可愛らしい顔をしていた。
 名前を古手梨花。雛見沢の御三家、古手家当主の娘である。
 もう一人は夏美の見知らぬ少女。
 華奢な矮躯、ウェーブの掛かった髪に角が生えた可愛らしい顔をしていた。
 彼女は古手羽入と名乗った。
『まったく、羽入ったら遅刻したじゃない! 乗り継ぎ駅でシュー弁を探し求めるからよ! これだからシュー狂は困るわ!』
『あぅあぅあぅあぅ! 梨花だって醤弁を求めて乗り過ごしたのですよ! 人のことをとやかく言う資格はないのですよ!』
『はん、そりゃあ貴女の目が節穴だからよ。人にとやかく言うなんて、本当下郎な神様なんだから☆ そんな神様様にはさくっと、まるっとおみとうしだぁ~の沙都子に強引に作らせたこのスィートなキムチを食べちゃうわよ☆』
『あぅあぅあぅあぅ! っていうか車内で散々食べていたのですよ! というかもうなくなりそうなのです! それ以上キムチを食べるとマジで下郎なのですよ!』
『なによ! 折角沙都子が私のために作らせた、もとい作ったキムチを何時間も放置するわけないじゃない! こんな愛の籠もった愛妻弁当他にないわよ! 羽入にあれこれ言われる筋合いはないわ!』
『あぅあぅあぅあぅ! そんな愛妻弁当、少なくとも日本ではごく少数なのですよ! でも年相応の日本人の少女はそんなキムチだらけの弁当を食べたりしないのですよ! 周りに迷惑がかかるのですよ! って長いのですよ!』
 二人の掛け合いの応酬に夏美は間に入ることができなかった。
 夏美は暫く呆然としていると一段落したのか夏美の顔を見た。
『初めましてなのですよ、夏美。今日はよろしくお願いするのですよ。あ、別に最高級醤油を献上しなくてもいいからね』
『あぅあぅあぅ! 梨花は醤油醤油五月蠅いのですよ! あぅ☆ でも僕も少しランクの高いシュークリームをもらえれば何も言えないのですよ☆』
 あははははは。
 夏美は苦笑しながら、ふと思った。
 梨花ちゃんってこんな女の子なんだぁ。
 おばーちゃん達が言っている梨花ちゃんと違う気がするけど、これが地なんだね、多分。


 ――光翳る楽園は韜晦すべき現象。
 その夢は真か現か。
 それはヒト風情が知るべき事柄でなく、同時に≪Roman≫と地平線の向こう側に知ることはできない。
 だけど向こう側に逝ったモノは既にヒトではない。
 地平線というのは≪Roman≫と≪Roman≫の果ての楽園、基奈落へと舞い落ちる。
 虚飾の婚礼――虚構と虚実と虚偽によって存在した城――ヒトは其れをELYSION[ABYSS]と呼ぶ。
 『movment』は直ぐ其処に――。


 それはつい先日のことだった。
 夏美が帰宅すると祖母の公由アキが満面の笑みをしながら天真爛漫な少女のように舞い上がっていた。
 普段誰よりもおっとりとのんびりとした佇まいをしているアキがこんなに舞い上がるなんて、おかしいと夏美は思った。
 訊くと古手梨花がウチに来るとのこと……。
 突然のことで言葉が出なかった。
 古手梨花の存在は知っている。御三家の中でも唯一オヤシロさまの生まれ変わりと称されている少女。
 母の公由春子は見えないところで小さい溜息を吐いていた。
 そして当日夏美が迎え役として駅に送り込まれた。
 だが夏美は梨花と一度も会ったことがないのでどんな女性が来るのか判らなかった。
 とても可愛らしい女の子ということは前もってアキからの情報を頼りに、それから予定時間を一時間以上を経ってから梨花達は夏美と邂逅し、現在に至る。

 ねえ、梨花ちゃん達ってなんで来たの?
 夏美は梨花達と一緒に歩いている時に聞いた。
『みぃ、夏美はボクのことが嫌いなのですか?』
 うん、違うの。えっと、ね。と手をぱたつかせながら慌てた表情を浮かべた。
 突然だったじゃない。だから何かわけでもあるのかなぁ~って。
 夏美がそう答えると今度は羽入が間を割ってきた。
『あぅあぅあぅ。梨花が沙都子と喧嘩をしてしまって、それで夏休みに入ったので夏美のところにお世話にしようと思ったのですよ。本当に迷惑なのですよ』
『なによ! 沙都子が醤油禁止令なんて出すからいけないのよ! 雨の日も嵐の日も三百六十五日欠かさず飲んでいる醤油が突然禁止されちゃったら、憤慨する以外ないじゃない!』
『あぅあぅあぅ! それは当たり前の行いなのですよ! といいますか雨の日も嵐の日も三百六十五日も欠かさず醤油を飲む梨花の舌が絶対に可笑しいのですよ! ついでにその舌をシューだけを食べる感覚にしやがれなのですよ!』
『はん、あんたみたいなヘタレ神の言いなりだなんててんでお断りよ! でもシューとキムチって相性あいすぎでしょ!』
『あぅあぅあぅあぅ! 絶対に相性が悪いのですよ! そんなのをWで食べないで欲しいのですよ!』
『みー! ねえ、夏美。この羽入改め『和紙』の言うことなんか聞かずにボクに醤油をへるぷみーなのですよ。みっみっみっみでにっぱっぱっぱっぱ☆』
『あぅあぅあぅあぅあぅ! 『和紙』ってどんな脈絡からの比喩なのですか! 関連性が全く持って皆無なのですよ! それとやっぱり醤油目当てなのですね、梨花は! 今にPTAや文化省からクレームが来て、晴れて子供に見せたくないキャラ一位になるのですよ! それと笑い方可笑しいのですよ!』
『あははー☆ PTAや文化省だなんて目じゃないわ! 子供に見せたくない超美少女キャラ一位にでもしてご覧なさい! 絶対に清純派キャラとして某アニメ雑誌の人気キャラ投票一位になってやるんだからー!』
『あぅあぅあぅあぅ! 捻くれているのか悲しんでいるのかどっちか判らないのですよ!』
 夏美は二人を見ながら苦笑していた。
 二人の会話についていけないよ……。
 そういえば、
 羽入ちゃんって神様、なんだよね。
 梨花ちゃんにそう聞くと『そうなのですよ。にぱ~☆』と笑っていた。
 ……じゃあわたし、今神様と会話しちゃっているわけ?
 確かに角が生えているけど。それで神様かぁ……。なんかすごい!


 ――楽園と呼ぶ空の渋滞の最中鼓動の息吹が囀り、奈落へと舞い落ちるのは必然。
 そこにあるのは『ABYSS』そして『ELYSION』
 燦々と降り注ぐ嫉妬と妬みと疑心暗鬼≪tanatos≫の最中、そこに≪Roman≫は現れる。
 城は純白のような潔癖から漆黒の黒≪Lost≫へと近づき示す。
 それは≪StarDaust≫のような彩色。
 それでも地平線は続き、少女はやがて目覚めるだろう。
 『Movment』は直ぐ其処に――。


 夏美達は家に戻ると羽入の角に祖母のアキと春子は目を開けて吃驚していた。それもそうだろう、角の生えた人間なんて、そうそういない。だが夏美は二人の言葉に対してどうしてそんなに怪訝するのだろうと思う。
 たかが角が生えただけじゃない。
 アキは羽入のことをオヤシロさまではないのかと言った。
 羽入はあぅあぅ言いながら困り顔をしていると梨花が『ボクがオヤシロさまなのですよ。にぱ~☆』とフォローに入った。
 それでアキの追求は薄れ、梨花に注目することとなった。一方春子は羽入のことを細い目で見詰めていたが夏美はお母さん! と声を荒げた。
 終いには警察に通報するとかなんとかまでする騒ぎとなった。
 それを防止したのは夏美と梨花の攻防だった。
 それに折れた形で春子は羽入について一切関わるようにはしなくなった。
 夏美は羽入の顔を見た。
 とてもやりきれない顔をしていた。
 それから夕食を取り、三人は仲良く風呂に入った。
 梨花と羽入は夏美の家のお風呂に入るなり吃驚した。
『みー! とても広いのですよ! 大きいのです!』
『あぅあぅあぅあぅ! 梨花の家のような窮屈な風呂は金輪際ごめんなのですよ♪』
『ちょっと! なんでいちいち突っかかるのよ。心の狭いシューね。それに窮屈だなんて心外だわ! あんな素晴らしいお風呂ないじゃない!』
『あぅあぅあぅあぅ! 醤油だらけのお風呂にしようとして、沙都子にこっぴどく怒られたのはどこのどいつですか!』
『はん! あんなことで怒る沙都子も沙都子だけど、酒だらけのお風呂があるのなら醤油だらけのお風呂もいいじゃない! 飲み放題よ!』
『そんなので喜ぶのはお前だけなのですよ!』
 あはは。梨花ちゃんも羽入ちゃんも元気だね、と夏美は笑った。
 そういえば、と梨花は目を細めて夏美の身体を凝視する。
 なんだか、嫌だなぁ…。
『みー! 夏美もボクよりスタイルがいいのですよ! くっそーなのです! どうしてボクだけ貧乳キャラを確立しなくてはいけないのですか! そんなの不公平なのです! 雛見沢のパワーバランスは可笑しいのですよ! ちょっと、そこのオヤシロ様! 貴女のせいでボクの魅惑のスタイルはこの有様よ! ちゃんと責任とりなさいよね!』
『あぅあぅあぅあぅ! 責任ってなんなのですか! それに僕は関係ないのですよ! もっと言えば桜花や陸に言えなのですよ! 僕はこれっぽっちもスタイルに関しては関係ないのですよ!!』
『風呂上がりのコーヒーキムチってさっぱりするんだろうなぁ~。みっみっみっみっみでにっぱっぱっぱっぱっぱ☆』
『あぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅ!!!』
 ねえ、と夏美は二人に聞いた。
 どうかしたのですか、と梨花が聞くと夏美は怪訝な表情を浮かべた。
 それは羽入が本当に神様なのかということ。
 どうして角があるかということ。
 人ではないのではないかとうこと。
 途端、梨花と羽入も顔色が変わり、それまでの喧噪な風呂場から一変静寂が訪れた。
 その沈黙を破ったのは羽入だった。
『あぅ。確かに僕は人ではないのです。神様だから。でも夏美が思っている神様と僕が住んでいる神様は違うのですよ。僕は僕なのです。そんな高尚な思想も概念も持ち合わせてないのです。だから変に気を遣わずに今まで通り接してくれればいいのですよ』
『はん。羽入も言うようになったじゃない。ちょっと前は直ぐに『どうせ~』が口癖だったじゃない。それぐらい卑屈な馬鹿神がいつからそれすらも忘れるようなシュー狂になったんだか! というかボクに今すぐその胸をよこせなのですよ!』
『あぅあぅあぅあぅ! 梨花、痛いのですよ! そんなことをしたら……』
『はっ! 羽入……なんて策士なのかしら!』
『あぅあぅあぅあぅ! 梨花が勝手にやって、勝手にショック受けてこっちも対応できないのですよ! ついさっきシリアスシーンなのに本当に緊張感がないのです!』
『風呂場で緊張感があるのも困りものだけどね……ねえ夏美』
 なにかなぁと夏美は訊いた。
『……肌がきめ細かいのですよ』
 ……………ぇ。
『みー! 夏美ったらすごいもち肌できめ細かくて、悔しいのですよ! ちくしょーなのですよ!』
『あぅあぅあぅあぅあぅ! 梨花は場を白けるのが本当に上手いのですよ!』
『ちぇーだ! (・3・)の羽入に言われたくないわよー!』
『あぅあぅあぅあぅあぅ! 僕は絶対に(・3・)ではないのですよ!』
 二人の掛け合いはまた始まった。
 どうしてこの二人って掛け合いが好きなのかぁと夏美は思った。
 でも、と羽入の言ったことを思い出す。
 今まで通り接する。
 本当に羽入ちゃんが神様かどうか判らないけど……でもわたしは。
 夏美は意を決したように羽入に抱きついてきた。
 羽入はあぅあぅと言いながら悶えていたが夏美は笑みを浮かべながらぎゅっと抱きつく。
 それを見て梨花はうっすらを笑みを浮かべた。
『みー。風呂は心の洗濯なのです。そしてお互いの心を氷解するのは風呂場が一番なのですよ。みっみっみっみっみでにっぱっぱっぱっぱっぱ☆』
 途端、梨花も羽入に抱きついた。
『あぅあぅあぅあぅあぅ!! とっても暑苦しいのですよ!!』
 それは仲睦まじい場面だった。


 ――小鳥のような歌声を発する少女は楽園と奈落を知るだろう。
 ≪Roman≫と≪Roman≫を幾千の地平線と交差する回廊≪Chronicle 2nd≫は言う。
 其処に≪Roman≫は或るのかしら―――。
 『楽園に還りましょう』。《御兄様》
 そして少女はその意味を知る。
 それが理由なき理由の地平線の結果という意味。
 楽園と奈落の果て亡き物語への償いという意味。
 だけど違う、と少女は呟く。
 儚くとも。
 それは少女の望んだ夢だった。
 ――『movment』は直ぐ其処に。


 風呂上がりの身体はとても火照っていて三人は夏美の部屋で横になっていた。
 首を右に左に回る扇風機の風がとても心地良い。
『ねえ夏美』と梨花が訊いた。
 ん、どうかしたの? 
『夏美は今、幸せですか?』
 それってどういう意味なのだろう? 困惑する夏美を余所に今後は羽入が割ってはいる。
『夏美は今の幸せがずっと続くと思うのですか? ということを梨花は訊きたかったのですよ』
 それは、と夏美は言葉を濁す。
 確かに今は幸せ。
 お母さんとお父さんもおばーちゃんもいて、千紗ちゃんや珠ちゃん、そして暁くんがわたしの傍にいてくるんだもん。
 でも、だからこそ。
 この幸せを手放したくないと思う。
 すると梨花は淡泊な口調で呟く。
『夏美、それは、幸せじゃない。それは幻想よ』
 …………え?
 呆気に取る夏美を尻目に梨花は続けた。
『今が幸せということはこれ以上の幸せは訪れないということ。そしてその幸せに必至にでもしがみつくということ。以前、私は、いや、羽入もボクのクラスメイトも雛見沢のみんなもその幸せをしがみついていた。でもそれは幸せじゃない。幻想と言う名の現実の埋め合わせにしかならなかった。でも気づいてないわけじゃなかったの。夢の終わりが近づいているということに』
 …………。
 なんだかよく判らないと夏美は思った。
 だが同時に何かを感じたのは事実だった。
 それは言葉ではなく、思い。
 今を幸せという恐怖。これからの人生をおくる恐怖。
『あぅ、夢はいつか覚めるものなのです。でも僕達は覚めない夢を見続けていたのです。そしてそこが心地よかったのです。でもそれじゃ駄目だったのです。神様である僕がこうして雛見沢から一時とはいえ離れたのもそういう理由があったからなのですよ』
『うそつけ~♪ 世界のシューを食べまくるって言っていたじゃない! 次に会う羽入はすっかりメタボ体質よ!』
『あぅあぅあぅあぅ! 梨花はどうして僕を下々するような展開に持っていくのですか! 僕は神様なのでメタボ体質にならないのですよ!』
『なんてインチキ。もといなんてカラスなのかしら』
『あぅあぅあぅあぅ! インチキはともかくカラスってどこからその文脈が出てきたのですか!』
『はん、そんなだから隠れキャラなのよ!』
『そんなってどんななのですか!』
『うっさいわね! 正直羽入との掛け合いばっかりやりすぎて少し疲れてきたんだからね!』
『あぅあぅあぅあぅ! それは僕のせいではないのですよ!』
『はぁ……疲れた。あ、夏美~♪ 暁とどこまで行ったのか教えて欲しいのですよ♪ それとここからはお子様の神様はおねんねの時間よ。さっさと寝なさいよ!』
『あぅあぅあぅあぅ! それが神様の僕に言う言葉なのですか下郎! ……僕も夏美と暁との関係がとても訊きたいのですよ。それに僕は縁結びの神様なのです。あぅ☆』
『うわ~羽入、それなんていうか知っている? 後付っていうのよ』
『あぅあぅあぅ! 絶対に後付ではないのですよ!』
 途端、あははと夏美は腹を抱えて笑った。
 だって二人の掛け合い聞いているだけで面白いんだもん。
 なんだかいろんな恥とかどうでもいいや~とさえ思う。
 わたしは梨花ちゃんや羽入ちゃんの言うことは判らない、でもこれだけは言える。
 わたしはみんなと今以上の幸せを目指すということをね。
 夏美は心のそこからそう思った。
 その思いが表情に出て、彼女の顔はとても清々しい笑顔を振りまいていた。
 夏美の笑顔につられて梨花と羽入もくすっと笑い出した。
 彼女達は心から笑い合っていた。


 ――幸せと不幸せは表裏一体。それはヒトの想い。
 ≪Roman≫を求めた少女はそのことを知り得る事となる。
 辿り着くのは11文字の≪伝言≫
 そして少女は二つの物語達と邂逅する。
 一つは彼の帰りを待つ、彼の妹である彼女と彼の帰りを心から待つ彼との物語≪Rotation≫
 一つは女性を嫌悪、そして愛を求める女性の娘である彼女と彼女のことを心から支えたい彼との物語≪Dream Island Obsessional Park≫
 その物語達との出会いの果てに少女は新たなる≪Roman≫を見つけるだろう。
 そこは楽園か奈落か少女自身知り得ない。
 だが少女は歩み出す。
 ――『movment』は直ぐ其処に。


 三人は数日間共にいた。
 一人っ子の夏美にとって一つ屋根の下に昼夜共にする梨花と羽入の存在はとても大きかった。
 三人はいつも笑い合っていた。
 だがそれにいつか終わりが来ることに彼女達は気づいていた。
 夜、夏美の家に沙都子から電話が掛かってきてもう怒ってないなから帰ってくださいませと言っていた。
 それを聞いた夏美はそっかと残念そうな声を出す。
 これで梨花ちゃん達とお別れか……。
 その時梨花が夏美の顔を凝視。そして言う。
『夏美、これでお別れなのですよ。でも覚えておいて欲しいのです。今まで遊んできた思い出を。そしてこれから作る思い出を』
 相変わらず梨花ちゃんは判らない言葉を使うなぁ。
 夏美はそう思いつつもうんと頷いた。
 本当にお別れじゃない。
 また会える。
 だって今は夢ではなく、現実なのだから。


 ――楽園と奈落を知った少女はその≪Roman≫という地平線と対峙することを望む。
 それは三つめの物語への序章《Pico Magic》、同時に終章《Pico Magic Reloaded》
 雨は燦々と降り、風は轟音の如く囁き、海は荒れ果てる。
 それでも少女は地平線から地平線へと紡ぐ物語への終わり《Chronicle》を闊歩する。
 辿り着く先、そこには彼が待っていた。
 ――『movment』は直ぐ其処に。


 別れの日。
 夏美達は梨花達を見送るため迎えに来ていた駅を訪れていた。
 梨花達が帰る時間の電車までまた少し時間があった。
 三人は待合所で並んで座っていた。
 それまで喧噪の如く騒いでいた三人は今は口を噤んでいる。
 刹那、アナウンスが鳴る。
 それは梨花達が帰る電車が来て、乗客を促すアナウンス。
 梨花達は立ち上がる。
 夏美もそれに倣い立つ。
 そして改札口で三人は立ち止まった。
『みーここまでなのですよ』
 梨花が言った。
 夏美もこれ以上はいけないと思い、そうだね、と呟くことしかできなかった。
 その時梨花が夏美にしゃがんで欲しいと頼んだ。
 一体なんだろうと思いつつ夏美はしゃがみ、梨花と同じ高さになる。
 すると梨花は夏美に向かい頭を撫でた。
 それは普段彼女の同情を意味での『かわいそかわいそ』と似たように思えた。
 夏美も数日間の間に何回も『かわいそかわいそ』をされたのでそれと同じことをしているのだろうと夏美は思った。
 だけどそれは明らかに違っていた。
 梨花の手は震えて、そして夏美に向かい抱きついてきた。
 身体は震えて、梨花の口から小さな嗚咽が聞こえ、円らな瞳から涙がゆっくりと流れる。
 それを見て夏美は理解する。
 ……そっか。梨花ちゃんは大人ぶっていてもまだ子供なんだ。
 どれだけわたしの判らない言葉を並べてもパーソナルな部分ではまだ、子供。
 だから寂しいんだ。
 それはわたしも一緒。
 もちろん別れなきゃいけないけど、でも……。
 二人の様を羽入は温かく見守っていた。
 それは出会いと別れを何回も見てきた温かい眼差しにように。
 しばらくして二人はゆっくりお互い離れた。
 夏美はまたねと言うと梨花はみー! と涙を流しながら笑顔で答えた。

 そうして梨花と羽入は改札口を通り、夏美は一人取り残された。
 ふうと小さな溜息を吐く。
 その時、夏美と声をかけられた。
 ふりむくとそこには夏美の恋人である藤堂暁が目の前にいた。
 あれ? 暁くん、どうしたの?
 夏美がそう聞くと暁は呆れた声で言う。
 お前が今日まで親戚と一緒にいるって言ったんだろ。だから俺は我慢していたんだよ……夏美と会えない間寂しかったんだぞ。
 暁は頬を赤らめて、辿々しい口調だった。
 それを聞いて夏美も頬を赤らめてしまった。
 あ、それからと暁は夏美に向かって持っていた梱包した木製パネルを渡す。
 これはなに? 
 夏美が聞くと暁は見れば判ると諭した。
 見ればばって、なんだろう?
 がさこそと梱包した紙を解くとそこには暁が描いた夏美の自画像がそこにあった。
 そして誕生日おめでとうと暁が言った。
 夏美は呆気にとられていた。
 今日は自分の誕生日とういうことを忘れていたのだから。
 だってずっと今日まで梨花ちゃん達と一緒にいたんだもん。
 でも、と夏美はその木製パネルをぎゅっと胸に押し当てる。
 本当に嬉しい。
 今日はわたしの誕生日。
 多分……ううん、梨花ちゃんも、羽入ちゃんも、わたしのことを祝ったくれたに違いない。
 そう信じたいの。
 暁はこれからいい映画があるんだけど行くか? と誘った。
 夏美はうんと頷いた。
 駅から出た途端とそこには晴天の空に一直線の飛行機雲が見えた。
 それはとても綺麗で、伸びきった飛行機雲。
 夏美は柔和の笑みを浮かべた。
 暁は困惑した表情をして、しどろもどろになっていた。
 それが夏美にとってそれは可愛らしく愛おしい。
 だからこそ、今だけを依存せずにいたい。
 この世界は幸せかもしれないし不幸せかもしれない。
 でも、それを決めるのは世界じゃなくわたし達。
 ……だから感じよう。
 そして二人は駅から外へ出た。


 ――それが真実≪The girl in Byakkoya≫という理由。
 求め続ける幻想と求め合う現実の狭間の中に少女と彼は外に出る。
 少女はかつての物語達と邂逅した少女達の香りを感じながら≪聖戦のイベリア≫。
 彼は少女が彼女へと変わるところを間近で感じながら≪少年は剣を…≫。
 世界はそうして『movment』する。

 少女から彼女へと変わりゆく誕生日――それは《祝福》と言う名の≪Roman≫




 くすくすくすくすくす。
 いかがだったかしら? 
 楽しかった?  ふふふふ。
 飽きちゃった? うふふふ。
 この物語をどう受け止めるかは彼方次第。
 次の物語はあるかって? 
 ごめんなさい。終わっちゃった。
 くすくすくすくす。
 そんな悲しい顔をしないで。
 既に彼方の手元に三つの物語があるでしょ?
 これからは彼方が物語を紡ぐ番。
 えっ? 文才や物語を作る構成力がない? 
 くすくすくすくす、彼方って本当に野暮のことを聞くのね。
 文才や物語を作る構成力がなくても彼方の心の中ではいくらでも物語は紡がれるでしょ?
 そう。それこそが『Movment』
 世界は此処を中心にして廻っているという意味。
 三つの物語は終わっちゃったけど『Movment』に終わりはない。
 彼方が『Movment』し続ける限り物語に終わりはない。
 全てはまだ始まったばかり。
 朝と夜を求め合う人形の如き音楽という名の幻想≪Roman≫
 全ては始まりと終わりのシュークリームのような妄想≪Ark≫
 理想と言う名のプラネタリウムの果てに見える地球の生命との創造≪Elysion≫
 
 ここから先を決めるのは彼方。

 それは既に私の知る範疇ではないのだから。

 『movment』は直ぐ其処に――。

2007/09/13 22:45 | SSCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

梨花と魔女をやめた魔女

こんにちはikuiです。
まだ真面目モードですよw
今日はずっと制作していたSSを完成しましたので本家に先かげて公開です。
SSは澪尽しアフターの話ですが澪尽し編が未見な方でも大丈夫な内容です。ネタバレしますので注意ですが(汗)
あと今回SSの構成等はおジャ魔女ドレミどっか~ん 第40話『ドレミと魔女をやめた魔女』そのまま活用したものです。
今回初のことで難しかったです。
ですがいい経験になったかなと思っています。

では前振りが長くなりましたがもしよかったらご覧ください




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2007/10/02 22:40 | SSCOMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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