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ゆきほたる


 雪の舞う蛍のように。
 彼女がそこにいたのは単なる偶然か。
 それとも必然だったのだろうか。
 僕にとっては判らない。
 だけど一つ言えることは彼女が人ではないということ。
 そんな彼女に恋をしたということ。
 ……全ては降る雪の悪戯なのだろうか。



 僕の住む街はとても不便だ。
 どこがどういう、ということはないのだけどとにかく不便。
 そんな街だから噂話は憑き物だった。
 至極こういう噂。
『この街には天使がいる』
『天使に会うとここにいられなくなる』
 所詮は噂。
 だけど二番目のここにはいられなくという意味はどういう意味かは、実は心当たりがあった。
 実はここ数日前から殺人事件があった。
 雪国での猟奇的な事件。
 頭を斧らしきものでかち割って裸体。
 惨状は見るに無惨だった…という。
 どういった経緯でそうなったかは不明だがその死体の隣には必ず天使の羽らしきものが落ちており、それが噂の発端らしい。
 ……馬鹿らしい。
 そんなこと起こるわけないじゃないか。
 単なる快楽犯の仕業だろ。
 そんなことを話を聞きながら内心思っていた。

 だけど、とある帰り道。
 僕は通り道である公園をふと見る。
 普段は誰もいない公園。不気味にスポットライトだけがついている公園。
 そこに見慣れない女性がいた。
 いや、女性というよりも少女だろうか。
 見慣れないという言葉にも語弊があったかもしれない。正確には翼の生えていた少女。
 ダッフルコートを着込み、その後ろから破けた様子もなく生えている羽。
 ツインテールの更々とした黒髪が特徴的な彼女は、まるで誰かの待ち合わせをしているかのようにブランコに座っていた。
 僕は吃驚していた。
 あまりにも突然なことが一度に起こり。
 あまりにも考えられないことが目の前にあり。
 状況を把握できず立ち尽くす僕に彼女は気づく。
 そして笑窪を作りながら、笑っていた。

「ねぇ、寒くない?」
 言葉に詰まりながら僕は訊くと彼女は首を左右に答えていた。
 そんなはずはない。
 だって今だって雪が降っているのに……僕でさえポケットに手を突っ込まない程寒いのに。
「誰かのことを待っているの?」
 僕の問いに彼女はこくんと首を左右に頷く。
 こんな夜に……誰のことを待っているのだろう。
 それとさっきから彼女は一言も言葉を交わしてない。
 なぜだろう。
 僕はふと後ろにある翼に目をやった。
 透き通るような綺麗な羽は今まで見たことがない。
 それはどんな生物の翼よりも美しく、そして淫靡に見えた。
「……ねぇ触ってみる?」
 彼女は、そう言った。
 透明な声。
 イメージピッタリの声。
「え、えと……それって」
「だって……触りたそうだったから」
 確かに、触れてみたい。
 そういう気持ちがあった。
 だけど触ると何が起きるのだろう、という不安もあった。
「……なぁお前って人じゃないだろ」
「ん」
 彼女はそれだけ言って頷いた。
「じゃあ、ここ数日前から起こしている猟奇的な事件、あれもお前の仕業なのか?」
「猟奇的って?」
 彼女はあどけない顔で訊いてきた。
 僕と同世代の女の子に言うのは少し躊躇いがあったけど、若干オブラートに包んで説明をすると途中で彼女は笑みを浮かべた。
「それは違うよ。うん、わたしじゃないよ」
「じゃあ、誰なんだよ……天使の羽が落ちていたんだ。お前以外に誰が」
「天使の羽ぐらい、わたし以外にも沢山いるよ」
 その言葉に唖然となった。
 それはどういう……。
 でも、と彼女は付け加える。
「そんなこと訊いてきた人初めて。貴方いい人だね」
「…………」
 僕は答えられなかった。
 それは、どういう意味でなのか僕には判らなかった。
 
「じゃあ、あの人達は一体……」
「……あの人達は天使になろうとしていた、そして失敗した証。だからそういう意味だとわたし、やっぱり犯人ってことになるのかな」
 彼女が説明してくれた。
 特にもったいぶりもなく説明。
 そして自白。
 けどそれがあまりにも日常とかけ離れていて…作り話みたいに思えて仕方がなかった。
「どういうことだよ。なんで……なんでみんな、天使になろうとしていたんだ」
「……わたしにもそれは判らないな。でもなろうとした」
「君はそれをただ見ていたのか?」
「ふふ。ちゃんと抵抗もしたよ。でも駄目だった。みんな駄目だった」
「…………さっき僕のことをいい人と言ったよな。ただ事件のあらましを当の本人に説明させてなにがいい人なんだよ」
「ふふ。いい人だよ。だってわたしのために判りやすく説明してくれたんだもの……ねぇ、君名前はなんていうの?」
「名前なんか聞いてどうするんだよ?」
「別にいいじゃない! 自己紹介よ。自己紹介っ!」
 頬を膨らましながら突っぱねる彼女。
 確かに今だ自己紹介はしていなかった。
 だから僕は自分の名前を言った。
 真下裕一郎、と。
 素敵な名前ね、と彼女は言った。
 いや、彼女という名詞も失礼だ。だってもう自己紹介した後なのだし。
 真心…「まごころ」と書いて「まこ」
 名字は教えてくれなかった。
 真心は、とても嬉しそうに笑っていた。
「裕一郎。なんか不思議だね。こうしてわたし達縁もゆかりもないのに会話しているって」
「誰の台詞だよ。それに真心だって誰かの待ち合わせをしているんだろ」
 僕が訊くと真心は一瞬きょとんとした顔をした後、笑みを浮かべた。
「待ち合わせもなにも、わたしはずっと裕一郎のことを待っていたんだよ」
「……は?」
「ね。裕一郎。ここはね境界なの。人としての境界。天使としての境界。その境目。そこから外れちゃうものは死んじゃうの。だからみんなここにいたの。でも中途半端はみんな嫌だった。だからなりたかったの」
「それは……つまり人が天使になると同時に、天使もまた人になる場所、というのか。ここは」
「正確には中継地点かな。どっちにもいけない。どっにも属されない。どっちからも見捨てられる」
「……じゃあ、なぜ真心はどっちにもいかないんだよ」
「だってわたしは裁くものだから」
 そう言って、真心は僕の手を取った。
「人としてなるか、天使としてなるか……のね。貴方は選ばれたの。他はみんな駄目。だから貴方が街に戻るとね、凄いことになるの」
「凄いことって……」
「死んじゃったの。人としてね」
「人として……もしかしてみんな死ぬのか」
「そんな生やさしいものじゃないわ……確かに端からみたら生きているけど、でも中身は違うの。人の皮を被った天使なの」
 ショックだった。
 真心の言っていることが本当かどうか定かじゃないけど……どうしようもなくショックだった。
「煉獄……という言葉に属するのかしらね。それとも楽園と言うべきかどうか……でもそれは天使にも言えることかもね。あっちだと天使の皮を被った人間なんだもの」
「……なぜ。なぜそんなことをするんだよ。どうして……」
 僕の言葉はとても弱々しい。
 自分でも判っている。
 けど言わずには言われなかった。
 真心は僕の顔を見ながら申し訳なさそうな顔をして、言った。
「でもね。そういう人達はいつ入れ替わったのかさえ感じないから。だからいいの。つらいのは裕一郎よ。わたしと一緒にいるとずっと中途半端。だからみんなどっちかに行こうとして……」
 それでやっと事の顛末が見えた、と思う。
 つまり猟奇殺人だと思っていたものは選ばれたものであり、真心と一緒に尋ねるか問い、そしてそれを拒んだ結果……それ相応の死に方をした、と。
「ごめんね。裕一郎」
 真心は申し訳なさそうにそんな表情を浮かべた。
 そんな彼女のことがとても愛おしく、そして可愛らしかった。
 僕は真心に近づき、寄り添うように肌と肌を密着させた。
「……なぁ中途半端なままじゃ、駄目なのか?」
 僕の問いに彼女は吃驚した顔をして、次いで悲しそうな顔をしていた。
「それを選択した人もいるけど……無理だよ。だってずっとこのままなんだよ。裕一郎、そんなの耐えられる? だから最終的にみんな消えちゃった。わたしの身体に酷いことをしても、そんなのずっと続くとおかしくなるの。逆に中途半端なままだった人ほど悲惨な死に方をしちゃうの」
「僕も……そうなるというの?」
 真心は柔和な笑みを浮かべながら答えた。
 それは僕のことを気遣っての唯一の彼女の優しさだった。
 多分……絶対とは言えないけど僕は真心の心情を少し理解した気がする。
 同じ立場にいることを選んだ人間のことを真心は信じていた。精一杯の誠意を尽くしたはずだった。なのにそれを耐えられるほど人間は強くなかった。
 だから……真心は一人になった。
 それは至極シンプルな結論でありながら、寂しい解答でもあった。
「……なら真心。僕が一緒にいるよ」
「ありがとう裕一郎。でも駄目だよ」
「真心のこと、もっと知りたい」
「そう言う人いたよ。でもみんな直ぐに飽きちゃうの。駄目だよ」
「真心の身体に、触れたい」
「そういう人いたよ。でもみんな直ぐに飽きちゃうの。駄目だよ」
「真心と添い遂げたい」
「そういう人いたよ。でもみんな直ぐに飽きちゃうの。駄目だよ」
 真心は思ってないことを口にして断った。
 初めから期待してない、という気持ち。
 僕にもそれがひしひしと伝わっていた。
 だから僕は少し質問を変えてみた。
「真心、君は寂しくないの? 一人でずっと」
「…………」
 その質問に真心はさっきみたいに直ぐには答えず、しばしの沈黙が続きそして、言った。
「…………寂しい」

 それからの話。
 終わりの話。

 僕達は恋をして、恋人らしいことを、出来る最大限のことをした。
 一緒にいる間は本当に幸せだったと思う。
 こう想うのは本当に自分勝手だと思うけど……。
 真心に出会えて良かった、と後悔はしてない。
 本当に…。

 全ては降る雪の悪戯でしかないのだと思う。
 それは雪に舞う蛍のように。


                              了

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2010/02/10 13:31 | 一次創作SSCOMMENT(4)TRACKBACK(0)  

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