スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --:-- | スポンサー広告  

ARIA

 

 

 BGM AirアレンジCD 『ARIA』

 

 また夏が来た。
 神尾観鈴はそう落胆する。
 夏、というより夏休みが観鈴には辛いものであった。
 彼女は友達を欲していた。しかし相手のことを深く知りすぎれば癇癪を起こし、非常に面倒。
 それは彼女にも自覚していた。
「にゃはは……こんな女の子に友達になる子なんて今更いないよね」
 そう言ってから「がう」と呟く。
 「がう」という言葉は子供の頃ひよこを恐竜と思っていた癖が未だに抜けない。
 よくそのことで叔母で現在観鈴を養っている神尾晴子に注意される。
 観鈴は幼少の頃両親が離婚し、それを引き取ったのが晴子だった。晴子は関西弁と豪快な性格で観鈴とは正反対の性格だったがそれでも観鈴はそんなさっぱりとした叔母と一緒にいてよかったと思っている。
 ただ二人の距離は離れたまま。
 深く知りすぎれば観鈴は癇癪を起こすことを晴子も、観鈴も知っているから。
 だから誕生日である七月二十三日も何もない、特別な日。
 そう観鈴は自分自身に言い聞かせる。
「そうだ。海みてこよ。どろり濃厚ジュースを飲みたいし」
 そうして観鈴は今日一日の目標を決めるのだった。

 神尾観鈴が青年、国崎往人と堤防の上で会ったのはその日の午後だった。
 と言っても彼は泥のように眠っていて終始「ラーメンセットっ」と口にしていた。
 それが観鈴にはどこか微笑ましく、まるで子供をあやす母親のような感じがした。
 肌にはべっとりとした汗が滴り、日差しも眩しい。
 蝉の鳴き声が観鈴の鼓膜を刺激する。
 観鈴と往人はそのまま一緒に日が暮れるまでいた。と言っても往人は寝ていて一緒にいたという言葉に偽りはないがそこか欠けた言葉。
 そう思うと観鈴はまた笑みを浮かべた。
 刹那観鈴の目の前に二人の男の子と女の子が砂遊びしている姿が見えた。
 男の子が観鈴に手を振ると満面な笑みを浮かべながら手を振った。
 それから二人は砂遊びを終えると闊歩を始める。
 観鈴は可愛い……と思ったと同時にどこか哀愁に似たような感情を覚えた。
 それは二人で岸近くを闊歩していること、そして果てのない砂の上を歩いているからだろう。
 あの二人はこれからどうなるのかな。
 そんなふうに耽ながら観鈴は往人に目配せする、が愛からず熟睡している。
 どうやら今日は起きないみたい。
 そう観念し観鈴は立ち上がると帰宅しようと堤防へ続く階段から下りる刹那往人の後ろ姿を眺める。
「今年……がんばることができるかな……うん、できるよ。あの人とお友達になるって決めたんだから。観鈴ちん、ファイト」
 自分自身に言い聞かせるかのように観鈴は言った。
 堤防近くに設置してある武田商店店頭に設置された自動販売機の前で観鈴はいろいろと吟味していたが結局いつものどろり濃厚ジュースピーチ味を選ぶのだった。

 翌日崎往人は観鈴とちゃんとした出会いをし、居候をすることになった。
 晴子も往人に関しては興味のある素振りを見せていたが観鈴はそんなに興味のある人かなぁと内心思っていた。
「ヘンな人には違いないんだけど」
 勉強をしている合間ふと観鈴はそう呟いた。ちなみに往人と晴子はここ毎晩恒例となっている酒を飲んでいた。
 晴子はただでさえ関西弁で口達者だが酒の飲ますと饒舌になり、他人に絡んでくることが悪酔い癖であった。
「まあお母さんも喜んでいるみたいだし、私はいいんだけどね」
 刹那こつんと誰かが観鈴の頭を叩いた。
 顔を上げるとそこには往人の姿があった。
「あれ? 往人さん、どうして私の部屋にいるの?」
「どうしたって、さっきから観鈴の独り言が下まで聞こえてきたから、来てみたら俺の悪口を言っているようだったからな」
「わわっ! 往人さんの悪口言ってない。言ってないよっ」
「ならどうしてそんなに慌てるんだ。ん~」
 往人の顔が観鈴を睨みながら近づいてくる。どうやら往人は観鈴が思っている以上の地獄耳らしい。
 にゃははと観鈴は苦笑いをみせるも往人はまったく動じなかった。
「ね、往人さん。お母さん、どうしたのかな? お母さん一人きりだと寂しいと思うよ」
「お生憎様だが晴子は酔いつぶれていて、熟睡。で一人暇していたところお前の悪口が聞こえてきたんだ」
「にゃ、にゃはは。み、観鈴ちん、ぴんちっ」
 観鈴はそう茶化すも往人は笑みを浮かべることはなかった。
 ど、どうしようっ!?
 観鈴はどうするか焦っていたが往人の顔をずっと見つめて、ふと呟いた。
「ねえ。往人さん」
「ん。どうした。また悪口か? あー、こいよ。不平不満はよくないからなぁ。どんな言葉でも言ってこいっ!!」
「往人さんって……可愛いね」
 刹那往人は観鈴の言葉にショックを隠しきれず、引きつった顔をしていた。
「か、可愛いのか……俺?」
「えっと……うん」
「…………どうせなら男らしいとか国崎最高とか筋肉革命とか言ってもらいたかった」
「えと、それじゃあラーメンセットは?」
「俺は定食のメニューかっ!」
「が、がう」
 刹那こつんと往人は観鈴の頭を殴った。
「往人さん、酷い……」
「お前ががうって言うからだっ!」
「しかもいつもより少し力が強い」
「たまたまだっ! さ、さあこれで判っただろう、観鈴。俺がどんな人間だってかをな! さあ俺のことをどう思っているのかその華奢な身体から張り裂けんとする声で言ってみろっ!」
 往人は再び同じ質問を観鈴に浴びせた。
 しどろもどろになりながら観鈴は言った。
「えっと、往人さんはね……」
「うんうん。その続きはなんだ。なんなんだ?」
「往人さんは……恐竜さん」
「ちっがーうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 往人はそう言いながら左右で頭を抑えながら悶えていた。
 その光景に観鈴も吃驚して、少し引いた表情をしていた。
「なぜだ! なぜあの文脈から俺と恐竜さんがいるんだよ! 俺の人間性無視か!」
「が、がう。だって往人さん、男らしいと自分で言ったでしょう。それならそれ以上って恐竜さんぐらいしか思いつかなかったから。それに恐竜さん、強いし。にゃはは」
 しどろもどろになりがら言葉を紡ぐ観鈴。
 往人はしばらく佇んで観鈴の顔を凝視し。
「……そっか。恐竜さんか。言われてみればそれも悪くないなぁ。いや、むしろ国崎最高や筋肉革命などには到底及ばない境地に達したわけで……」
 ぼそぼそと往人は嬉しそうな表情で独り言を続けた。
 なんとか往人さんの機嫌が直ったみたい。
 と、胸をなで下ろしている観鈴。
 刹那。
「……で、これがオチやの? こっから先の関係ないん?」
 往人でもなく観鈴でもない第三者の声。
 二人は顔をその方向に向けるとドアの方からまじまじと二人の行動を観察している晴子がいた。
「晴子!? お前、酔いつぶれていたんじゃなかったかのかよ!?」
「ん。ウチ酔いつぶれたって言ったん? ただ横になっていただけやろ。それなのに居候ったら観鈴の部屋に忍び込んで……これは同じ一つ屋根の下に住んでいる人間として観察せなあかんってことに観ていたんだけど……ま、情けないやっちゃなぁ」
「お、俺か!? 俺のことを言っているのかよ!」
「当たり前やろ! あんたこの状況で手ぇ出さないっていうよは恐竜さんでも男らしくもあらへん。単なる甲斐性なしや!」
 ガガーン! と往人の後ろにそんな効果音が出ているように観鈴の目には見えた。
 晴子の顔を見るとどことなく楽しそうで、観鈴の視線に気づくとにっこりと笑みを浮かべた。
「なら、観鈴。俺を男にしてくれ」
「え? えっ!?」
 往人が観鈴に対峙し、観鈴を見つめる表情がどこか本気。
 困惑気味の観鈴。
 と。
 バシン! と晴子はいつのまにか取ってきたのか知らないが手にはお手製のハリセンが持っていた。
「痛ぁ。晴子、なんで叩いたんだよ!」
「居候、あんた何で母親のウチの目の前で不埒なことをやろうとするん! あんた、アホやろ!」
「惚れるなよ」
「惚れるかぁ!!」
 晴子と往人の掛け合いを観鈴は苦笑しながらもどこか安堵した表情を浮かべた。
 往人さんってホントヘンな人。
 だけど、いいな。
 そう思った刹那胸が張り裂けるような感覚を覚えた。観鈴の異変に気づきすぐに駆け寄るもしばらくして落ち着いたらしく観鈴はにゃははと言いながら笑った。
 だがそれは空疎の笑いだった。
 場を和ますためのスマイル0円の微笑み。
 それを知ったのか二人はこれ以上の言及をしなかった。
 だがそのことで観鈴の胸にちくりと突き刺さった。
 折角二人の会話が弾んでいたのに……。
 そう思い観鈴が「がう」といつものように呟くと往人と晴子は顔を見合わせた後、晴子は観鈴の頭を撫でた。
「あの、お母さん? 今日は殴らないの?」
 すると晴子ははぁと溜息を吐いた。
「アホ。そんな心配した顔で殴れるかっちゅうねん。それに子供がそんな場の空気とか読まなくてもいいねん」
「……えと」
「そうだ。大体人の顔色ばかりを観ながら話をするって疲れるだろ、フツー」
「居候、あんたにそれを言う権利あるん? もう少し協調性を身ぃつけぇやっちゃうねん!」
「惚れるなよ」
「惚れるかアホーっ!!」
 往人と晴子は先程と同じように会話を進めた。
 そんな光景をみて観鈴はどこか安堵したような表情を浮かべるのだった。

 翌日の夕刻。
 黄昏時、茜色の空を観鈴は眺めていた。
 隣には往人。
 時間を遡ること一時間前、観鈴がたまたま歩いていたら往人と出くわした。
 観鈴は往人がどこに行ったのかこれといって訪ねようとしなかった。
 だって往人さんは居候さんだし。
 観鈴はそう自分自身に言い聞かせる。
 そして観鈴は往人を出会った堤防に海を眺めに行こうと誘った。往人の表情は少し怪訝していたが前日の件もありしばらく逡巡した後、頷いた。
 その間が観鈴には胸にちくっと来たが直ぐに満面を笑みを往人に浮かべた。
「ねえ、往人さん」
「ん。どうした?」
「えっと……ううん。やっぱり何でもないよ。にゃはは」
 観鈴は手を振りながら笑って誤魔化していた。だがそれは誰が観ても観鈴が無理しているようだった。
「何でもないって……お前、何か言いたいことがあるんじゃないのか? 俺でよかったら相談に乗るぞ」
「………………にゃはは」
 観鈴ちん、ぴんちっ。
 観鈴は何も答えることが出来ずただそう思うことしかできなかった。
「観鈴、最近様子がおかしいぞ。ちゃんとご飯食べているのか?」
「え? うん……」
 と言いつつも観鈴は俯きがちに言葉を濁らせた。食べていると即答ができなかったからだ。
 最近見る夢のこと。
 そのことを往人に喋ってもいいのだろうか。
 観鈴は往人を目配せする。怪訝な顔をする往人に観鈴はにゃはっと笑ってから視線を外した。
 言いたいことを……言っていいの?
 夢のことを、あの夢のことを言っていいの?
 そう思った刹那背中に悪寒を感じた。一瞬だけだったが、往人にも気づかれないほどの一瞬だったが、だが観鈴は感じた。
 途端風が靡く。髪や服が宙を泳いでいる。
 蝉の鳴き声。清涼感のある波。空を飛ぶ海猫の群。
 それらは夏ならではの光景。
 夏だからこその、光景。
「ねぇ往人さん」
「なんだよ、さっきから。もう日が沈むしそろそろ帰らないと晴子に何言われるか判らないぞ」
 不満顔の往人に観鈴は満面な笑みを浮かべながら、何も言わずに手を握った。
「ちょ!? お前!?」
「……お願い、往人さん。今は……何も言えないの。でも……いつか言うから。だからその時まで待っていて」
「いつかって……」
「だから今は……私の我が儘を許して」
 観鈴の言葉に往人はしばらく硬直していたが、 
「……なら初めからそう言えよな」
 観鈴が握っていた手を握り返す。
 そうして二人は日が暮れるまで空を眺めていた。
 観鈴は言いたいことが言えなかった。だが往人に手を握って貰っているだけでどこか安堵した気分になる。
 背中がちくりとする痛みも今は和らいでいるように思えた。
「ねえ往人さん、訊きたいことがるの」
「訊きたいこと、ってなんだよ?」
 往人は怪訝な顔を浮かべるがそれに答えるように観鈴は柔和な笑みを浮かべながら質問を口にする。

 七月二十三日は神尾美鈴の誕生日。
 観鈴は往人に当日そのことを伝えた。
 その日、観鈴は散々往人を外に連れ回した。自分のお気に入りの場所を紹介する。
 観鈴は往人に悪いことをした、と罪悪感に苛まれつつもどこかで自分のことを知って貰いたいという想いがあった。
 観鈴は往人に普通の女の子と思わせよう気丈を勤めた。
 だから、なのだろう。
 それからまもなく観鈴は発作を起こした。
 それは些細なこと。
 本当に些細なこと。
 往人も尋常な態度では入られなくなった。そして晴子は家から出ていた。そのことで二人が口論になった。
 観鈴は正直嫌気がした。二人ではなく、こんな自分に。
 そうして口論の後、往人は観鈴の看病をする。
 だがそれも、つかの間。
 観鈴は往人に夢の話をした。
 段々と往人も身体を壊れていく。
 そうして往人も観鈴の元から去っていく。
 誰もいない家。誰もいない部屋。
 観鈴は往人を追いかけて家を出て行こうとするが往人はそれを拒む。
 彼は家を離れたいからじゃない、観鈴から離れたかった。
「にゃはは……仕方ないよね。一人で頑張らなきゃ。一人で……観鈴ちん、ふぁいと」
 その言葉は虚空になった。
 誰のために頑張るのか。
 誰のために頑張らなければいけないのか。
 と、そう思った途端観鈴は頭を振った。これ以上ネカティブな思考に至らないよう気を紛らわす。
 だが一人は一人。
 一人で生きていないと思いつつも、どこかで観鈴は寂しかった。
 晴子や往人は自分がいなくても生きていける、と観鈴は思うと同時に、それは思った。
「お母さん、往人さん……私のこと……忘れちゃうのかな」
 忘れ去られること。それが何よりも観鈴に取っては哀しかった。
 段々と夢に食われていく感覚。
「いやだよ。もう嫌だよ! 一人は嫌だよっ!! 往人さん、お母さん! こんなことなら初めから頑張らなきゃよかったんだ! 頑張らなきゃよかったんだっ!! そうすれば誰も好きにならずに、誰も、誰も…………うぁぁぁぁぁんっ!!!」
 そうして観鈴は癇癪と慟哭を繰り返した後、泥のように眠った。
 夢と現実がどこかで交差していくようなそんな最中、観鈴の目の前に往人が現れた。
 そうして往人は観鈴のことを抱きしめた。
 往人さん……。
 私、嫌だよ。一人、嫌だよ。
 往人さん、一緒にいるの? 一緒に?
 ……うん、頑張ろうね。ゴールにたどり着けるまで。
 そして……痛みは引いた。
 だが同時に観鈴の目の前から往人の姿が消えた。
 今まで彼が商売道具として持ち歩いていた人形が無造作に置かれていたことがその証だった。
「往人さん。どこ?」
 
 それからまもなく観鈴の前に晴子が現れた。
 だが晴子は以前の晴子ではなく、観鈴との距離を縮めるように努めた。
 橘の家に昼夜土下座をして観鈴を神尾の家に置いておけるように交渉にした、と晴子は言っていたが、詳しいことは観鈴は知らなかった。
 それからもう一つ。
 往人がいなくなった代わりにカラスのそらが観鈴の傍にいるようになった。もっともそらはずっと以前からいた。
 いたような気がした、と観鈴は思った。
 でも本当にいたのだろうか、と思う。往人も晴子もそらのことを知っていた。
 二人とも嘘はついてない、と観鈴は思う。
 だけど果たしてそらは以前からいたのだろうか。
 しかしその疑問はただ観鈴が気になる程度の事。些細な事。
 だから彼女も次第に気にしなくなり、そしてそらをいることが自然になった。

 閑話休題観鈴の容態が変わった。
 晴子が観鈴との距離を縮めようとしているから。
 心配する晴子を余所に観鈴は言った。
「今までのままでいいよ、お母さん」
「観鈴……今までのままって」
 冷たい言葉を放った。
 それはもうこれ以上大切な人のことを傷つけたくないから。
 神尾観鈴が唯一見つけた処世術だった。
 だが晴子は諦めたかった。
 むしろ傷つくことに嬉しささえ覚えた。
 
 それから。
 観鈴の長くなった髪の毛を晴子が切った。
 ブロンドの色が特徴的な長髪は晴子の手でいつの間にかセミロングになった。
「ご、ゴメンやで~、観鈴」
 必至になってそう謝る晴子。
 髪の毛、凄い軽い。
 観鈴は少しの間吃驚しながらそう思いつつも、直ぐに笑みを浮かべた。
 そして晴子は言った。
「これからや。これからや」
 そうなのかな。
 ……うん、そうだよね。
 観鈴はそう思う。
 だから。

 観鈴に異変が起こった。
 正確には神尾晴子についての記憶が欠如したのだった。
 これまで「お母さん」と呼んでいたいた晴子のことを、観鈴を「おばさん」と呼んでいる。
 それだけでなく観鈴は足が動かなくなった。
 おばさんになった晴子はそれでも気丈に観鈴のことを接した。
「おばさんでもええ。今は……今はな」
 いつか戻ってきてくれる。
 晴子はそう思いつつ観鈴と接した。
 観鈴と久しぶりに外に出た。と言っても観鈴は自らの意志で立ち上がることができず晴子が借りてきた車いすに乗って外を歩く。
 二人で歩くこと、それが今までしてこなかったこと。
 でもこれからや。
 晴子は心の中呟く。
 これからやから。
 そう晴子は前向きの思考をしながら前を見ながら闊歩し、武田商店近くにさしかかった時晴子は思わず硬直した。
 それは彼女が来て欲しくない場面が来てしまったのだ。
 晴子の目の前に橘敬介、観鈴の父親がそこにいた。
 
 観鈴は敬介のことを見た。
「おじさん、誰?」
 敬介は苦笑しながら「パパだよ」と答える。
「さあ観鈴、これからパパのところへ行こう?」
 晴子の双眸が凝視する。
 それは晴子に言って一番訊きたくなかった台詞だった。
 そしてその答えも。
 しかし観鈴は口を開いて何かを言いかけようとした途端、晴子は怒鳴った。
 そうして晴子が出した提案は観鈴の気持ちも考え三日間という猶予期間のうちに観鈴が晴子のところに居たい、と言わせるかどうかだった。
 敬介は渋々了承し、その場を去った。
 しかしそれは一時の応急処置、もとい逃避行にしか過ぎなかった。
 三日の間に観鈴を以前のような関係にしないといけない。
 そういう焦りが晴子の顔に出ていた。
「ねぇおばさん。どうしたの?」
「……ん。なんでもあらへん。では家にもどるで~」
 笑みを作りながら晴子は答えた。
 だがそれは作り笑顔でしかなかった。
 その時、晴子はふと呟いた。
「もしかしたら……あの時の観鈴の笑みって……」
「ん? どうかしたの?」
 晴子はううんと首を左右に振りながら答えた。
 晴子がその時思っていたこと。それはいつだったか観鈴が往人と晴子に向かって作り笑顔を向けていた時のことを思い出したのだ。
「なんや……うち、観鈴のこと全然わかってせいへんってこと。もしかして……うち、バチが当たったのかな」
 晴子はどこか自嘲するような笑みを浮かべていた。
 が首を左右にふり、ネガディブな思考を払拭させる。
 兎も角この三日が勝負だと、晴子は思った。
 
 観鈴に取って神尾晴子という女性はおばさんということしか認識がなかった。
 晴子が敬介に約束した三日後、観鈴は晴子におんぶされながら海岸に立って夕日を眺めていた。
 結局晴子は出来なかった。親子にはなれなかった。
 せいぜい虫取りおばさんとトランプおばさんぐらいしか。
 それが晴子は酷く悔しかった。
「こんなことなら、もっと早く親子になっていればよかったなぁ」
 自嘲気味に呟く晴子。だが観鈴の耳にそれは届かなかった。
 茜色の空を晴子は眺めていた。
「いつでも来ることができたのに、結局できへんかったなぁ」
「晴子」
「なんや。そんな急かさんでも……観鈴は渡すわ」
 晴子の隣にいた敬介はどこか安堵したような表情を浮かべた。
 そしてそれまで晴子におんぶをしていた観鈴の身体は敬介におんぶをしている形になった。
「この子。恐竜が好きやから恐竜さんのぬいぐるみ。これで駄目やったらこのジュースを飲ませてな」
 と晴子に渡したのは恐竜のぬいぐるみとどろり濃厚ジュースピーチ味だった。
 判ったと敬介は貰うと歩き始める。
 観鈴は不安な顔をした。
「大丈夫だよ。これからパパのところに行くだけだから」
 そう言いながら観鈴を宥める敬介。
 だが観鈴の不安な顔は払拭することはできない。
 観鈴自身自問自答する。
 どうしておばさんである晴子から離れることが嫌なのか。
 どうしておばさんである晴子から離れることで寂しいのか。
「こら、もういい加減にしないか、観鈴」
 違う……違う。
「もうおばさんのことを忘れるんだよ、観鈴。これからパパのところに」
 違う……違うっ!!
 観鈴は感情を露わにする。彼女がほしがっていたのは敬介ではなかった。
 観鈴は晴子の方を眺める。彼女の傍にはカラスのそらもいる。
 ここじゃない、ここじゃないっ!!!
 そう想いを反芻する観鈴。
 では彼女は何を求めているのだろうか。晴子に何を求めているだろうか。
 観鈴が暴れたため敬介のおんぶする体勢が崩れ砂の上に倒れ込んだ。
 敬介は晴子から貰った恐竜のぬいぐるみとどろり濃厚ジュースピーチ味を持って宥めようとする。
 しかしそれを観鈴は拒んだ。
 彼女にもそれはまだ答えが見つからない、否答えは見つかっている。ただ言葉が出てこないだけ。
 それまで背を向けていた晴子もそらによって気づき、観鈴の方を振り向く。
 観鈴はゆっくりと立ち上がり口を開けた。
 声はまだ出ない。
 だが観鈴はその言葉を繰り返す。
 晴子はゆっくりと傍に近寄る。
 観鈴の髪や服は流されてきた波によって濡れた。立ち上がろうとしては上手く立てず何回も体勢を崩した。
 だが観鈴は全くそれを気にしかかった。
 ただ目の前にいる晴子の元に。
 それまでおばさんだった人物に。
 否、違う。
 観鈴は確かに言った。
 その言葉で。

「ママーっ!!!!」

 涙が頬に落ちる。泣き喚く。
 しかし観鈴は恥じらいもなく大声を出し、晴子に向かってママと叫んだ。
 晴子もその声を耳に届いた瞬間、駆けだした。
 そうして二人は抱き合う。
 観鈴は晴子のことをママと呼びながら、抱きしめた。
 晴子も泣いていた。
 それは端から見たらとても滑稽にも見えた。
 しかし二人は離れなかった。
 二人が本当の意味で親子になったのだから。
 敬介もどこか観念した表情を浮かべながらも、安堵しているようだった。
 それはそらにも言えることだった。
 ただ観鈴は今晴子の傍を離れたくなかった。
 本当の母にやっと出会えたのだから。

 翼が痛い。
 そう観鈴は訴えた。
 観鈴と晴子が親子になった日、二人は楽しく笑っていたが、その瞬間も観鈴の痛みによってなくなった。
 その時晴子はかつて往人が言ったことを思い出す。
 夢を見る度に羽の痛みを訴え、最後に夢を見た時観鈴は死ぬ、と。
 そんなこと世迷い言だと思っていた。否思いたかった。
「嘘やろ。そんな……なら観鈴は」
 瞼がゆっくりと閉じようとしている観鈴を晴子は必至に起こす。
 これで眠ってしまったら、観鈴は……。
 それから先を考えるのが嫌で、晴子は頭を振って考えるのをやめた。
「眠ったらあかん! 観鈴、夏祭り行くんやろ? お母さんと一緒に行くんやろ?うちも一緒に頑張るから、観鈴!」
「…………にゃはは。そうだね。ママが一緒に頑張ってくれるなら」
 柔和な笑みを浮かべている観鈴。
 娘に無理をさせている悪い母親や、と晴子は心の中で下々していた。
 だが観鈴が眠ってしまったらまた起きる保証はない。だから晴子は無理をさせて観鈴を起こしていた。
 そうして翌日、夏祭り。天候は……雨。

 雨の勢いは強く、波浪警戒注意報が勧告され夏祭りは中止となった。
 だが晴子は諦めきらなかった。神社に行けばもしかしたら屋台の一つでも出ているかもしれないと淡い期待をして観鈴とそらを乗せてバイクを飛ばした。
 しかしそれは晴子の思いこみに過ぎず、神社に到着するが屋台はどこにも出ていなかった。
 観鈴と晴子は神社の前に佇んでいた。
「なんで!! なんでや!! この子がなに悪いことをしたゆうねん!! ごっつ夏祭り楽しみにしたやないか!! 神様のアホー!!」
 晴子は空に向かって叫ぶがその声が天に届くことはなかった。
「ねえ……ママ、恐竜の赤ちゃんは?」
 観鈴は訊いた。
 その瞬間晴子は観鈴が子供の頃、夏祭りの屋台でひよこを欲しながらもそれを購入することができなかった観鈴を思い出した。欲しいモノは何一つ言わなかった観鈴が唯一我が儘を言った。
「……結局うち、あの時となにもあげられへんのやな」
 晴子が項垂れた。彼女はもう何もかもが絶望に染まっていた。
 だがその時そらが鳴いた。
 一体何のことだろうと晴子が境内を見て……思わす言葉を失った。
 そこにはかつて晴子が観鈴のために買った恐竜のぬいぐるみがそこにあったのだから。
 だがそのぬいぐるみは林の方に捨てたはず、なぜ境内にあるのか晴子は不思議でならなかった。
 しかし彼女は直感で、こう思った。
 神様の仕業だと。
 だがそれでもよかった。晴子は観鈴に恐竜が境内にいることを教えると嬉しそうな表情を浮かべた。
「お母さんも手伝うから、観鈴、一緒に取りに行こう」
「うんっ!」
 二人はゆっくりと恐竜のぬいぐるみの方に近づく。徹夜が身体に響いているのか観鈴はいつも以上に力が出ない。
 だがそれでも観鈴は手を伸ばす。晴子は観鈴を励ます。
 そうして。
「もうちょっと、もうちょっとや、観鈴…………………ほら、捕まえた!」
 観鈴の両手にはしっかりと恐竜のぬいぐるみが掴んでいた。
 観鈴も笑みを零しながらぬいぐるみを抱きかかえていた。
 とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
「それ、うちからの誕生日プレゼントや。遅くなってゴメンやけどな」
 晴子は笑みを浮かべて、観鈴の口癖である「がお」と言った。
 それに倣って観鈴も「がお」と真似をし、二人は笑い合った。
 雨は相変わらず降り続いているが二人にとってそれは関係のないことだった。
 それは至福の一時だったのだから。

 観鈴は晴子の寝ている姿を見ていた。
 前日徹夜をして、そして昼間の行動で無理がたたったため気を失ったように眠る晴子。
 だが直ぐに起きて顔を叩いては目をさませようとする。
 そんな晴子を見るのが観鈴は嫌で……だから嘘をついた。
「にゃはは。もう私大丈夫だから。痛みもうなくなったから。だからお母さんと一緒に寝たいな」
 それを訊いて晴子は安堵した表情を浮かべた。
「ほんまか。ほんまにええのか」
「うん、大丈夫だよ。ぶいっ」
 Vサインをしながら笑みを浮かべる観鈴。
 それからまもなく晴子は泥のように眠った。心地よい寝息と寝言を言いながら。
「ごめんね、お母さん。でも……そうしないと休んでくれそうになかったから」
 観鈴はゆっくりと立ち上がり、机に座り絵日記を書き始めた。
 この夏の思い出を。
 神尾観鈴が生きた証を。
 
 翌朝。日の光に晴子は目を覚ました。
 目覚めて直ぐ晴子は観鈴のいるベットを見るがそこに観鈴の姿はない。周りを見渡すと机の上で寝そべっている観鈴の姿があった。
「観鈴、観鈴っ!」
 晴子の声に観鈴はがばっと目を覚ました。
「観鈴、身体痛ないか!? うちのこと覚えているか!?」
 切迫した表情で訊く晴子。
 すると観鈴は笑った。
「………お母さん、おはよう~」
 その一言で晴子ははぁと溜息をついた。
 晴子はカーテンを開けると前日まで雨が降り続いていたのが嘘のように止んでいた。台風一過というやつだと晴子は言った。
 観鈴は晴子に昨日も夢を見たと言った。
「夢を見たって……あんた大丈夫やんか!?」
「うん。それに……私の夢は今日でお終いだから」
 観鈴は笑いながら答えた。
「ほんまに……ほんまにそうなんか?」
「うん、そうだよ。ぶいっ!」
 観鈴は晴子にVサインをしながら笑った。
 それを聞いて晴子は納得し、瞳に涙が溜まり、そして溢れた。
「よかった。うち、不安やった。居候が夢をみたらなんちゃらと言っていたから……うち」
 晴子は涙を流しながら観鈴を抱きしめた。
 その姿に観鈴は柔和な笑みを零す。
「お母さん」
「あはは。うちもう観鈴に泣くなって言えんな。うちも泣き虫さんや」
「にゃはは。泣いたらあかんよ~」
「そやな。悲しいことなんもないのに泣いたらあかんな」
 二人は笑い合った。
 屈託もない笑みを浮かべて。
 そらはその姿をただ眺めていた。

 観鈴は夕べ見た夢のことを語り出した。それは悲しい夢。
 羽のある恐竜を俯瞰する翼を持った観鈴。
 でもと観鈴は付け加える。
「これでお終い。これからはお母さんの傍にいるの。いつまでもずっと……」
 そして。
 雲一つ無く晴天な空。鬱陶しいぐらいに鳴る蝉の合唱。
 肌にべた付く汗。
 外に観鈴と晴子は出ていた。観鈴は車いすに乗り晴子はそれを押していた。
「ごっつ気持ちがいいねぇ」
 観鈴はそう答えた。
「そやな。夏の匂いがするわ」
 軽快な口調で晴子は答えた。
「うん。するね」
「ふふ。どんな匂いがするん?」
 晴子の問いに観鈴は答える。
 潮の匂い、と。
 お日様の匂い、と。
 お母さんの匂い、と。
「そやな、それもするな……って自分の匂いプンプンしてたら嫌やん!」
 晴子は乗り突っ込みをした。しかし観鈴は笑う。
「ううん。お母さんの匂いいっぱいするよ」
 この夏はお母さんの匂いがいっぱいした、と観鈴は嬉しそうに喋っていた。
「はは、それ臭かったらたまらんな」
「たまらんねー……でも大丈夫。いい匂いだったから」
「そっか」
「うん……よかった」
 そうして二人は武田商店店頭に設置された自動販売機の前に立ち、ジュースを飲んでいた。
 観鈴はいつものどろり濃厚ジュースピーチ味。
 晴子はどろり濃厚ジュースジュースゲルルン味。
 観鈴にレクチャーを受けながら晴子はゲルルンジュースを飲んでいた。
「でもぎゅっぎゅってどんな飲み物やねん。ていうかジュースか、これ!?」
「にゃはは。そうやね~」
 観鈴は笑いながら晴子の関西弁を真似ていた。
 それを見て晴子もふと笑みが零れた。
 二人の目の前に子供達がいた。虫籠を持って山に行くところだろうか。
「二人っきりの夏休み」
「ええもんな。うちら二人っきりで夏休みするもんな」
 晴子は茶化しながら言った。
 それからしばらくの間の後、
「ねぇお母さん……そらも連れて先に行っていてほしいの」
 観鈴はそう言った。
 怪訝な表情を浮かべながらも晴子とそらは自動販売機からしばらく離れた場所に立っていた。
 そして、
 観鈴は車いすから立ち上がる。
 ふらつく姿に晴子は駆け寄ろうとするが観鈴は駄目と叫ぶ。
「そこで待ってて。一人で頑張るの。頑張ってそこまであるいてみる……お母さんはゴールだから」
「そっか、うち。ゴールか」
 うんと観鈴は笑い、立ち上がる。
 ゆっくり一歩つづ歩く。
 心配そうな表情で見つめる晴子に観鈴はVサインをする。
「まぁこうしてゆっくり頑張って元気になっていけばええ。そうやろ、観鈴?」
 晴子は答えたが観鈴はしばらく沈黙をし、そして
「ねえ、お母さん。もうゴールしてもいいよね」
「え? ……何がや?」
「私頑張ったよね!? もうゴールしていよね。私のゴールずっと目指してきたゴール……私頑張ったから、もういいよね」
 その瞬間晴子は全てを悟った。
 途端観鈴は痛みを訴えた。
 ずっと我慢してきた。ずっと頑張ってきた。
 晴子が駆けようとする、途端。
「動いちゃ駄目っ!!」
「嘘や……嘘やと言ってねえな、観鈴。悪い夢は終わったんやろ?」
「ごめんね、お母さん……でも私は全部やり終えたことができたから…………だからゴールするね」
 晴子は必至にゴールすることを拒んだ。
 観鈴がゴールすることで、どんなことか彼女はもう知っているのだから。
 しかし観鈴は歩みを止めることはない。
「これからやっていうのに! これから全て取り戻すんや!! 十年前にやっていたはずの幸せな暮らし、これから観鈴と取り戻していくんや!! うちらの幸せは始まったばっかりやんか!!」
 観鈴はううんと首を振る。
「この夏一生分の幸せが詰まっていたから……だから」
「あかん! 違う!! うち、沢山したいことあるんや!! っ……大好きな観鈴とこれからしたいことが沢山あるんや!! 全部これからなんやっ!!」
「違うよ。お母さん。
 もう一度だけ頑張ろうとしたこの夏休み、往人さんと出会った時から始まったあの夏休み。
 色々あったけど、色々苦しいことも辛いことも沢山あったけど。
 私、頑張ってよかった!」
 観鈴はゴールに着実に近づいてくる。
「だから……だからね…………もうゴールするね」
「あかん!! これからや!! これからや言うてるやろっ!!」
 絶叫する晴子。
 しかし二人の距離は縮まり、そして。


「ゴール」


 観鈴はゴールをした。
 その表情はどこか安堵したような顔だった。
 それは彼女がその場所にいたから。
 幸せという場所に。
「嫌や!! そんなの嫌や!! いやぁ……」
 晴子は大粒な涙を流していた。
 その表情を見て、観鈴はゆっくりと口を開き、
「ありがとう…………お母さん」
 そう言った途端、観鈴はゆっくりと瞼を閉じた。

 それから晴子は大泣きしていた。
 泣いて……泣いていた。

 観鈴の最後は笑みを浮かべながら、眠るように息を引き取った。
 観鈴が死ぬ間際書いていた絵日記には観鈴と晴子とそらのイラストが描いてあった。
 みんな笑っていた。
 それが家族というものだから。

 神尾晴子はそれから散々泣いた後、観鈴の死を受け入れた。
 否彼女は観鈴と共に生きていくことにした。
 神尾観鈴の母親として。
 
 
 観鈴は生前堤防にいる往人に向かってある質問をした。
 それはこれからが始まるモノローグ。

「ねえ往人さん、訊きたいことがるの」
「訊きたいこと、ってなんだよ?」
 往人は怪訝な顔を浮かべるがそれに答えるように観鈴は柔和な笑みを浮かべながら質問を口にする。
「死ぬってどういうことかな」
「また突拍子のな質問だな。第一観鈴まだ死んでないだろ。それにあまりそういう質問をするなよな」
「お願い、往人さん。教えて欲しいの」
「お願いって……そんなの俺に聞かれてもなぁ」
 困惑顔の往人。
 それを見て観鈴はがうと呟いた。
「俺は女の子を捜しているんだ。翼を持った女の子をな。それは母さん、いや母さんだけじゃない。代々から伝わってきたことだから。だから俺にとって死というのはその女の子が助けられたかどうか、だな」
「へぇ……でもなんだか往人さんらしいね」
「じゃ、じゃあ観鈴はどうなんだよ! お前の……その、死っていうのはよ」
 顔を真っ赤にしながら往人は質問した。
「私? そうだね……」
 腕組みをしながら困り顔をして、
「死ぬ時は幸せだったらそれでいいかな」
「死ぬ時に幸せって……まあ確かにそれはそれでいいよな」
「うん、それでね。私が死んでも形に残るものは残したいなって」
「形に残したいって……また大がかりだな」
「わわっ。往人さん、何か凄いこと想像している。私がいうのはね、例えば往人さんの持っている人形さんとか」
「これか? こんなのでも残るものなのか?」
「うん、残るよ。だってそれはその人がそれまで使っていた人の証だから。そしてそれはいつまでも残るものだから。だから私は毎日付けている絵日記が……そうなるのかな」
「なあ、観鈴。前から思っていたんだけど何でお前絵日記つけているんだ?」
「えっとね、その、私この夏休みを頑張るって決めたから。だから絵日記はその証なの」
「証か……それは観鈴にとっても辛いんじゃないのか?」
「うん……でもね。辛いことばかりじゃないと思うの。だから観鈴ちん、がんばる。ぶいっ!」
「おう、頑張れよ! ……っていい加減家に帰らないか!? 俺腹ぺこで死にそうなんだよ」
 腹を押さえて空腹を訴える往人。それを見て観鈴は笑いながらうんと答えた。
 そうして二人は海岸を後にした。

 悠久の時を経て至った彼女の人生。
 まるで歌のように短く、そして長い。
 全ての現象は、空へ向かう。
 別れと始まりを籠めて。
 空を飛ぶ少女と地平線の先を目指す彼女と共に。
 その言葉。


 さようなら。
 

                             おわり

続きを読む »

スポンサーサイト

2008/08/08 08:58 | AIRSSCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  

 | BLOG TOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。